2
 作業の手を止めてヘリウムがタフにバナナジスを
差し出した
おうすまねえなん? なんじこりめち
くち旨いぞお前が作たのか? お前! 天才だろ
う!
 タフはヘリウムを褒めちぎて一気にバナナジ
を飲み干したお代わりをとグラスを下げようとする
ヘリウムをいいていいとタフは首を振
邪魔をしにきたんじねえからな悪か作業を
続けてくれや
 はいとヘリウムが嬉しげに微笑む
 表情豊かなヘリウムなど邪心を取り払ているにもか
かわらずむしろなにかよからぬことを企んでいるように
しか見えなくて怖いようとダブルは両腕をさす
 タフはタフで終始温かい眼差しを作業に励む水素に
ヘリウムリチウムへ投げかけているいつもとはまる
で違う
おう水素この棚の上にあるやつはウチへ持て来
ようとしていた書類か? あとはダブルのサインをもら
うだけだなよしダブルくらここにペンでサ
インしてくれやあとはオレがやておくからよああ
いいぜ礼なんてよ気にすんなお互いさまてやつ
 とまで言い出す始末だ
 これはおおこれは決定的だね決定的だな
邪心を取り除くガスはどうやらこのラボだけに拡散し
たようではなさそうだタフのいる係まで飛散したとい
うことは技術開発部全体に飛び散たと見ていいだろ
 そんなに強いガスだたのとダブルはいまさらなが
らに眉を曇らせたいやいやと首を振る邪心を取
り除くガス単体ならそこまでの即効性と拡散性はない
はずだでもタフは感染しているなぜだ
 おうとダブルは手を打
 反物質でできた試作装置だ

 全部反物質でできたパワ制御装置ンデ
あれを爆発させた1度や2度じないからねえ
エヘヘなんども爆発を繰り返しているうちに正物質と
反応をしてなんらかの物質を生み出しそれが邪心を
取り除くガスと化合して技術開発部全体に数時間でい
きわたるほどのなんらかの強力なガスとなてこと
うわあなんらかなんらかてさごくあや
ふやで怪しげなガスができちたもんだねえこれは
いつガス抜けするかわからないぞそもそも個人差があ
るだろうしねぼくなんてなんともないし
それからすまん
 いきなりタフが謝
事後報告にな例の検体がまた大量に発生した
断続的に発生をしている全部回収するように指示を出
したからどんどん転送装置で運ばれてくるはずだ
もう来ていたか
 タフは転送装置が稼動していることに気づいて悪い
とダブルに頭を下げた
てよおんなじような検体なんでしなにも全
部採集することないじ2個や3個ならまだしも1
000個単位で送られてきたら
 最終的に全部のデタに目を通して対策書面を書くぼ
くが大変じといおうとしたところにヘリウムが割
り込む
検体は多いほうがいいですより正確な数値を割り出
せますから今後もすべての採集をお願いします
測定するのはヘリウムくんなんだよお人よ
しなことをいていると苦労するのはお前なんだぞ?
ボクの苦労などいかほどのものでしより確実な
数値を得ることのほうが重要に決まています
へ? ちいとヘリウムくん?
できることならおなじ検体で3回は測定をしたいくら
いですより確実な数値を得ることができますから
 ヘリウムの後ろに後光がさして見えたダブルは
わあと手で光をさえぎる
 いつもならボクの仕事を増やさないでくださいね
と濁た眼差しでいい放つのにいかに効率よく検体

を測定するかに情熱を注いでいるのに
 恐るべし邪心を取り除くガス邪心を取り除
ガスに感染したあまりヘリウムは経験則まで忘れ
てしまたようだどれだけ大量の測定値を出そうとも
そんなことは結局書類を書く上で無駄な作業だとい
うことすら忘れてしまたらしい
 必要なのはピンポイントを押さえたデタだ
 どれだけ詳しい測定デタを出そうともすべてを報
告書に記載して対策案に盛り込むわけにはいかない
ンノウン係に来たばかりのころでもここまでヘリウムに
情熱はなかそもそも納期に間に合わない間に合
わせたことなどないくせにダブルはしかめ面をしてみ
せる
 とにかく必要以上に検体を送りつけられるのは迷惑
断固として抗議しなくては
 タフ! あのね! と話しかけようとしたところを
今度はリチウムが割て入る
こちらがその採集地点ですねこれはまた多岐にわた
ていますね承知しました僕が誠心誠意を込めて検
討させていただきますこれほど大規模な仕事ははじめ
てですねわくわくします
 うふふとリチウムは頬を染める
 わくわくだと? 隙あらばサボてばかりいるリチウ
ムが仕事に情熱を覚えるだと? ダブルは耳を疑
 だいたいリチウムくんは日ごろからどんな仕事をして
いるのかわかんないコじそれはオレも同じだがな
それでもぼくはちんと書類にサインをしているよ
きだてタフの指し示した場所にサインを書いたしね
ひどいいいようですね係長僕の仕事は僕がラボに
いることにより優雅な時間を流すことだと認識していま
したせかせか仕事をしても美しい解析はできませんか
うふふヘリウムはせかちだから測定デタをど
んどん渡してくれますけれどそこから法則性を見出す
のはなかなか骨なんですよ?
納期は守れ
 タフががつんと釘をさすリチウムは素直にはい
タフさんと頭を下げる

 もうなんでもいいけどねとダブルはバナナジ
をすす邪心を取り除くガスが効いているうち
にどれだけ仕事を進められるか願わくば全部終わらせ
たいところだがさすがにそれは無理だろうなにしろ
3426個体1153地点分あるのだやすやすと測
定して解析して結論を出せるしろものではない
 いま現在どんどん送られてきている検体は最悪まあ
無視しちてもいいよねおそらくいいたいことはひ
とつだろうからなエヘヘ
 再びダブルの脳裏に職人のふわふわの髪が浮かんだ
きらりと蝶の髪留めが光るバナナジスをすすりな
がらダブルはほんのり頬を緩めた
 んでとダブルはコプからストロを取り出すと上
下にぶらぶらと動かした
ダブル事件てなに
は? 自分のことだろうが?
そうみたいだけどぼくよくわかんないんだけど
いいから教えろやコラ
 それがものを頼む態度かと怒鳴られるかと思いきや
タフはおおそうだよなとしみじみとした口調でダブ
ルの前に顔を突き出した
 内緒話をするような姿勢でタフはお前と切り出す
ソラちんに殴られたんだて? まあいままで散
々なことをあのコにしていたから因果応報てとこだ
ろうが女の子に殴られるなんてまあその
とな男として思うところがあただろうなとまあ
オレも他人事ながらいたたまれなくなてよ
 タフは鼻をかきかきダブルに憐れみの眼差しを向ける
どうしてそのことを知てんの? タフは仕事中
たはずだよね
どうしておま知らないのか?
なにをさ
てソラちんは情報調査部員だぞ? カフ
なくて情報調査部員自ら技術開発部内へやてくるなん
ありえねえだろうがリペア部員のオレだて出向
扱いじなき居たくないくらいだぞ
 それをわざわざやてくるなんてどれだけ技術開発

部内に波紋を起こしたか
 はうとダブルはストロをコプに落とした
んてこた! 身もだえする
 ある意味隔離された空間といえる技術開発部は外部
情報に飢えている
 医療メンテナンス係のだれそれと試作装置開発係のだ
れそれが通路で手のひらを叩き合ていたそれだけで
話のネタとして半年は使えるほどだ
 ダブルもそれだけの事項を
とかれらは手のひらを叩き合うことで魂の交流を
したんだよ時空をも超える実験を行たのかもしれな
いな部内ではどんな実験をしてもおとがめナシだもん
 と茶化して楽しむほどだ
 それをあろうことか自分がネタを提供してしまうと
は! 自分が10年レベルで語り継がれる事態を起こし
てしまたとは! あああとダブルは作業台に突
したもう立ち直れないかもしれない涙で前が見え
なくなる
 思えば自分が知る限り情報調査部員が単独で技術開
発部内へ侵入したことはないセキリテ解除システ
ムをもていないソラが単独で技術開発部へ入れたこと
だけでも10年レベルの語りネタだ
 そのうえ技術開発部で随一と謳われるマド・サイ
エンテストの自分を殴り倒したうえに謝罪をさせたの
騒ぎにならないわけがない
 感情の覚醒をしたソラが今後も継続して試作装置の
外部検証実験をやてくれるという申し出が嬉しくてつ
い忘れていたけれどあのときラボの外にはどれだけ
の人垣があたことかやつらにこのぼくがこのオ
レがただで情報を提供していたなどとこんな名折れが
てたまるか!
 ダブルは悔しくて作業机をがじがじと噛んだ
 それになんだ? ダブル事件? だれだよ
んなセンスのない名称をつけたヤツは会長かてレ
ベルだよ案外会長本人かもなえ? 嫌なこと思い
つかないでよありえるじたら会長にも

見られていたてことじん! ダブルはさらにはげし
く身もだえた
 それからよおとタフは言いにくそうにダブルを見た
ダブルシてなんだ? だれに聞いても教
えてくれないんだが
 ダブルの眉がぴくりと動く
だれに聞いたの?
なんだよなに怒てるんだ? 聞いちまずか
たのか? すまん悪か忘れてくれ
忘れる?
 ダブルの声が低くなる
 忘れるわけないじ忘れることができたらどれほ
どいいかどれだけ忘れたかたことかくううあれ
から14年もたているのにまだいいふらしているや
つがいるなんて部長?もしやモジ毛か あいつは
まだいなかたはずだが又聞きしたのか人事や庶務
の仕事も兼ねる営業部員だからありえるよそういえば
あれにも会長が絡んでいるじ絡んでいるというか
むしろ首謀者だ
 おのれ会長ダブルは再び作業机をがじがじと噛んだ
 ダブルシ
 それは14年前にダブルがRWMの月面本社につれて
来られた日の出来事だ
 正確にいえば会長によてダブルが月面本社に拉致
された日にダブルが起こした騒動だ会長さえぼく
の前に現れなければ起きなかた騒動で職人がいなけ
ればおさまらなかた騒動だとダブルは被害者意識に
ぷり浸る
 だからというわけではないけれど
 ダブルの脳裏にまたもや職人のふわふわの長い髪が浮
かんだきらりと光る蝶の髪飾りが残像として視界をよ
ぎる
 どうしてもぼくは職人に弱いんだよね
 たとえ職人がなにをしようとしていようともオレは
職人に全力で加担するたとえば地球を2つに割ろうと
していても人類を滅亡させようとしていてもオレは職
人を手伝うだろう職人なら地球を2つに割ろうな

なんてしないけどね人類は知らないけど
                3 へ続く NEW NEW
inserted by FC2 system
inserted by FC2 system