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◇◆試し読み◆◇
シャムがぺしりとタヌキの禿頭を叩く。
「何を拝んでいるのよ。ディーバをアイドル扱いするの
はいいけど、生き仏扱いするのはよしなさいよ。可哀想
じゃない」
「いやあもう、同じ女なのに、こうもお前とは違うのか
と思うと、シャム、おぬしは不憫なヤツじゃの」
「失礼なことを抜かすと現実を突きつけるわよ」
「事実を突きつけたまでじゃ」
「じゃあ私も事実を突きつけてあげるわよ。ディーバは
ナユタさんの恋人なの。他人のものを崇め奉って何が楽
しいのよ。どっちが見ていて憐れだか」
「なんのことだかわからんのー。ディーバさんは永遠に
わしらのアイドルじゃー。誰かのものになんぞ、永遠に
ーなーらーんーわー」
「どんだけ現実逃避をしたいのよ」
くすくすとディーバは笑ってカズの前にカップを置い
た。
「マシュマロ入りココア。召し上がれ」
あー、と声を上げてカズはスツール椅子に座る。
マシュマロ入りココア。
カフェで一番人気のドリンクだ。ココアとマシュマロ
の組み合わせが特色なのではない。ディーバが作るマシ
ュマロ入りココア。それは強力な精神安定効果をもたら
すからだ。
「……俺、そんなに具合悪そう?」
「よくないでしょう?」
「うー……ホナミのこと? さすがディーバだなあ。バ
レちゃうか」
苦笑してカズはカップを手に取った。息を吹きかけそ
っとすする。溶けたマシュマロがトロリと喉を通ってい
く。昂っていた気持ちがみるみる凪いでいきかけたとこ
ろで、「そうだったのっ」とシャムとタヌキがカズに詰
め寄った。
「ちょ、なんだよ。止めてよ。ココアが飲めないじゃん」
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「お前がホナミを気にしとるのはわかっとったが」
「そこまで深刻だったの? あんた顔色変わんないんだ
もん。わかんないわよ。十二歳の癖にポーカーフェイス
にもほどがあるわよっ」
そのタヌキとシャムの前にもディーバがカップを置い
た。
「タヌキにはカロシ・トラジャ。酸味を楽しんでね。シ
ャムにはドミニ・バラオナ。バニラの甘い味わいがある
の。飲んでみて」
「ほほう」と二人は声を上げ、揃ってスツール椅子に座
った。香りを嗅いでから同じタイミングでカップを口に
運び、これまた同じタイミングで「うわー身体に染み渡
るー」と感嘆の声を上げた。
「それで」とディーバが微笑んだ。カウンターテーブル
の一部がモニターに変わって黒地のモニターに緑色の文
字が浮かび上がった。
「今回の案件がそれ。『サーモカルスト事件』ね」
サーモカルスト事件──。
ここ数カ月のことだ。
温暖化が急速に進んで北極圏の永久凍土が融けだした。
各地で地面が歪んだり沈んだりといった『サーモカルス
ト』現象を起こし、融けた氷が各地で洪水を引き起こし
た。それはどんどん加速して、北極圏どころかかなり中
緯度の地域にまで凍土崩壊による大洪水が発生。世界各
地で被害を起こしていた。特にアメリカ連邦と旧ロシア
を含むNISR連邦は大打撃だ。
この急激性、単に自然現象のみの事態とは思えず、グ
ローバルGにて人為的操作を調査中だが、被害は拡大す
る一方であった。
この事態を重くみたグローバルGは早速RWMに案件
を依頼した。
『急激過ぎるサーモカルスト現象の緩和措置』である。
人為的操作は管轄外だが、環境問題である大洪水被害
を放置するわけにもいかない。そこでサーモカルストを
起こしているエリアの急激凍土融解を緩和するアイテム
を技術開発部が新しく作った、とあった。
カズたちの任務はその対策アイテムを運ぶことだった。
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ただアイテムを運ぶだけではない。アイテムそのもの
が機密レベル5のシロモノだった。何しろその開発者が
技術開発部でも随一のマッドサイエンティスト、ホタル
であった。
いやいやー、とタヌキが首を振る。
「むしろよくあのホタルが素直に迅速にアイテムを作り
おったの」
「しかも裏プログラムなし? あのホタルが? 嘘でし
ょ?」
まあそのあたりは、とディーバがカズに顔を向ける。
「本社にそのアイテムを取りに行きがてら、これから会
うんでしょう? 本人から聞いて来たら?」
「ホタルが迅速に新作アイテムを作った。しかも裏プロ
グラムなしで。大丈夫だよ。問題ないよ」
「なんでよ」とシャムが不機嫌な声を出す。なんでって、
とカズはココアをすすった。
「きっとそれどころじゃない作業をしているんじゃない?
その途中で『新作アイテム作れ』って割り込まれたと
か。だったら小細工なしに仕上げてあるよね」
「それどころじゃない作業?」とタヌキが顔をしかめた。
うん、とカズはココアを飲み干す。
「例えば、俺への新しいアンプル組成がひらめいたとか
さ」
「あんたね、冗談でもそんなこと淡々と言わないでよね」
とシャムが唾を飛ばした。
「どうしてさ」
「どうしてって、あのホタルなのよ? 少しは嫌がって
いいのよ?」
あはは、とカズは笑った。
「なんで嫌がるんだよ。ホタルはいつだって俺のことを
考えてやってくれているのに」
「やり過ぎだっつってんの」とタヌキとシャムが声を揃
えた。ぺしんとタヌキが額に手を当てる。