abstract

長編サスペンス・ティーンズラブ。TLボンボンショコラ文庫(デジタル)。
世界各地で台風やハリケーンが多発する事態が発生。しかもその台風はなぜか、気圧が950ヘクトパスカルになった瞬間に、急速消失する。その謎を追う、CSSのヒトヨミ。そのヒトヨミにRWMのキャットテールが「ひと目惚れしちゃった」と絡み出す。キャットテールの真の目的はなにか。そして、台風はなぜ急速に消失する? 官能シーン多めのサスペンスの行方は!?

about

【RWMシリーズ関連性】
多少設定は異なるものの(版元がハーレクインなので)台風の異常発達およびルートが人為的であることをアジア連邦の意図であることをつきとめたグローバルGがこの措置をRWMに依頼した案件。ヒトヨミはプチ氷河期時代にCSSに拉致された。
(『950ヘクトパスカル事件』)
【原稿用紙換算枚数】95,000文字程度
【読了目安時間】4時間
2014/12 配信開始

contents

chapter1  キャットテールは嘘をつかない
chapter2  キャットテールは獲物を逃さない
chapter3  キャットテールはデリカシーがない
chapter4  キャットテールは手段を選ばない
chapter5  キャットテールは男運がない、かもしれない
※イラストは 炎かりよ氏。

試し読み


◇◆試し読み◆◇

「あーもー、やっと見つけた。捜した捜した。どこに行っちゃったかと思ったわ」
「なんだ、お前は」
「ちょっと仕事を終えて岬に戻ったら、先生いないんだもの。町中走り回ったのよ? 会えてよかったー」
 女はヒトヨミの隣に座る。そして満面の笑みで続けた。
「あたしね、先生に一目惚れしちゃったの」
「はあ?」
「結婚を前提におつき合いしてください」
「からかうのもいい加減にしてくれ」
「結婚は冗談だけど、一目惚れは本当。あたしの名前はキャットテール。よろしくね、先生」
 猫の尻尾? 悪ふざけにもほどがある。ヒトヨミは女を無視してセロリにフォークを突き刺した。女は、本気の本気なんだから、とヒトヨミの腕に手を絡ませた。
 ちょっとっ、と声を荒げたのはマッチョ兄弟だ。
「アタシたちのセンセに何すんのよっ。客じゃないなら帰って」
「あ。アルトビールをください。それからイチゴも」
 マッチョ兄弟は女をひとしきりねめつけて低い声を出す。
「……シャンパンじゃなくてビール?」
「そう、ビール。アルトビールがいいの。ん? もしかしてイチゴがない?」
「馬鹿を言わないで」マッチョ兄弟は胸を張る。
「ウチはベリーズ・バーよ。イチゴだろうとラズベリーだろうとブルーベリーだろうとクランベリーだろうとなんでも揃っているわよ」
「よかったー。じゃあ、たっぷりのイチゴでー」
 はいはい、と不機嫌そうに返事をしてマッチョ兄弟は山盛りのイチゴを女に差し出した。女は、わぁい、と手を叩いてイチゴを頬張り目尻を下げる。その姿に警戒が解けたのか、マッチョ兄弟は朗らかな声で女の前にアルトビールのグラスを置いた。
「イチゴにはアルトビール。アルトビールにはイチゴ。先生との再会を祝して」
 女はビールのグラスをヒトヨミのグラスへ合わせた。アルトビールを仰ぐ女は心底嬉しそうだった。
 ……妙だな。倦厭されるならまだしもすぐさま俺に懐くなどあり得ない。マッチョ兄弟と馴染みになるのも数カ月かかった。無駄に警戒させないよう、つい気安く岬で返答をしたのが仇となったか。
 そもそも、とヒトヨミはウオッカを口に含む。この女には別の目的があるはずだ。ザクロの探索とか。新規兵器の割り出しとか。そうでなくて、あんな台風の最中に岬へ来るはずがない。
 女の目的はなんだ? ザクロへ侵入するのに俺を利用しようとしているのか? だとしたら。ヒトヨミはグラスを置いてフォークに突き刺したセロリを口に含む。いい度胸だ。
 で、とマッチョ兄弟が女に振り向いていた。
「あなたも軍人さん? 見たことのない顔よね。新顔さん?」
 きょとんとして、女はあははと笑い出した。
「違うわよー。あたし民間人だもん」
 ヒトヨミは咳き込んだ。台風が吹き荒れる岬に平然とやって来る女のどこが民間人だ。
「うんもう。本当だってば。シュウゼン部員なの。リペア屋って呼ばれることもあるかな」
「リペア? ああ、靴とか鞄とかを直してくれるの? ちょうどよかった。お気に入りの鞄の留め金が緩んじゃって。直してくれる?」
 違う違う、と女はイチゴを口に入れた。
「そうよく言われるんだけどね。そっちのリペアじゃないんだな。同じシュウゼンでもモノじゃなくてカンキョウなの」
「は?」
 マッチョ兄弟の声に、思わずヒトヨミは声を重ねた。
「環境への干渉域が2%を超えた案件にね、修繕措置を行ってるの。もうねー。そんなんばっかり。うじゃうじゃ。措置しても措置しても終わんない。きりがない。けど、誰かがやんなきゃいけないからねー。お肌が荒れるのも厭わずお仕事をしている訳なのよー」
 女はべらべらと喋り続けた。マッチョ兄弟は目を丸くしているが、ヒトヨミの警戒心は更に深まる。靴の修理ではなく環境問題? デタラメにしては器が大きな話だ。ザクロの周辺をうろついていた言訳に使うには悪くない。目くらましになる。
 テーブル席から注文が入って我に返ったのか、マッチョ兄弟は客慣れした声に戻った。
「地球環境を守るなんて正義の味方みたいねえ」
「嬉しいなー。正義の味方かー。かっこいいー。いつもぼろくそにけなされているのよ? 『お前は何の味方なんだ』ってね。決まっているじゃないねえ。地球の味方よー」  あははと笑って女はアルトビールを飲み干した。マッチョ兄弟は、はいはい、と新しいグラスを女に差し出す。
ヒトヨミはカウンターに肘をついて女と壁を作った。女に関わらないようチーズオムレツを口に入れる。小エビのサラダをフォークに刺しつつ左手でウオッカをグラスに注いだ。
 そのヒトヨミの背中に女が抱きついて来た。「広い背中―」と熱い息を吹きかけて来る。
「邪魔だ。食べにくい」
「いいじゃない。減るもんじゃなしー」
 女はじゃれつくようにヒトヨミの背中から首筋、頭までを撫で回した。ヒトヨミの髪が見る見る乱れる。
「止めろ。鬱陶しい」
「つれないわねー」
「あんたの冗談につき合う気はない」
「別に先生があたしのことをどう思っていようともそれはいいの。相思相愛になれたらそれはもうベストだけどー。あたしが先生を好きだってことが大事なのよー」
 嫌な予感がしてヒトヨミは振り返った。女の唇が触れそうなほど近くにあった。危なくヒトヨミは身を逸らす。
「好きな人が出来るって幸せ。胸がぽかぽか温かくなっちゃう。お肌の艶もよくなるのよ? 一目惚れに乾杯―」

(続きは、本編で)

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