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◇◆試し読み◆◇
なら大丈夫かな、と思った矢先だった。
ユタカが銃で撃たれた。
さいわい命に支障はなかったものの、立っているのが
やっとのユタカは苦笑しながらぼくに予定を早めて帰国
すると告げた。
「冗談じゃないよ。ユタカをこんな目にあわせて。そ
いつと一緒の船で戻るってことでしょ? 今度は怪我じ
ゃすまないよっ」
「もう犯人は捕まえました。そして全員の合意のもとに
監禁し、そして今回のこの怪我は、私が自分でやったこ
とにしました」
「自分で銃を撃ったって? 自殺しようとしたことにで
もするつもり? 何を考えてんの?」
「そうか。うーん。そうだな。任務の重圧に耐えかねて、
そうですね、ミスター・エンペラーのアイデアどおりに
自殺未遂にしますか」
ユタカっ、とぼくは叫ぶ。ユタカも、ミスター・エン
ペラーっ、と叫びかえした。
「犯人の彼にも家族はいるんです。言いましたよね。彼
が処罰を受けることがあったら、家族にも類がおよぶと」
「うん」
「その家族は私もよく知っています。彼らに罪はない。
それに狙撃した彼の気持ちが弱くなっていたのに気づか
なかった私が悪いんです」
「ユタカ」
「人間は弱い生き物です」
「え」
「宝の山を目の前にすれば、たとえどんな規律があろう
とも、気持ちが揺らぐ。そして、それが人間としては普
通なんです」
「は?」
「ぜんぶの人間が同じ行動をする、同じように考えて、
同じような思いを抱く──それはとても気持ちの悪いこ
とだと、私は思います」
それでは機械です、とユタカは続ける。ぼくは、うん、
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と小さくうなずく。それは、わかる。
「いろんな思いを抱え、行動する、それが人間の特徴だ
と思うんです。それをわかった上で私はこの任務を引き
受けました。ですから、この程度の怪我ですんでラッキ
ーでした」
「だからって、ユタカが怪我をしていいことには」
最後まで言い切らないうちにユタカが膝をついてぼく
の身体をふわりと抱きしめた。
「怪我をしたのが自分でよかった」
「……え?」
「──あなただったらと思ったらゾッとした」
「……ぼくはそんなヘマはしないよ」
「ほかのペンギンでもそうです。ほかの生き物に迷惑が
かからなくてよかった。私で、よかった」
ユタカ、と胸が詰まる。くぐもった声が出る。
「また……会えるかな」
ユタカは答えない。ノブのときのように。
ミスター・エンペラー、とユタカは少しはにかんだ声
を出した。
「実は国で待つ妻のお腹の中に子どもがいます。まだ性
別ははっきりしていません。ですが、生まれてくる子ど
もが男だろうが女だろうが、ミナト、と名前をつけます」
「ミナト……。ひょっとして『水』って言う意味?」
ユタカは満面の笑みになる。
「さすがです。あなたにいただいた水を、地球で暮らす
生き物に欠かせない水を、大切にするように。そういう
願いを込めて、ミナト、と名付けます」
「ぼくは……ミナトに会えるのかな。ミナトはぼくの言
葉がわかるかな」
「わかります。私の子どもですから。そして会えます。
これまた私の子どもですから」
じゃあ、とぼくは無理に明るい声を出す。
そしてユタカが怪我をした胸元にフリッパーを当てた。
ほんのりとユタカの胸が明るくなる。ユタカが、あ、と
声を出す。何を? とぼくに顔を向ける。
「……無事に帰ってもらわないとユタカの子どもに会え
ないからね」
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「それで……怪我を」
ユタカは胸元に手を当てている。うん、とぼくは目を
細める。ユタカの傷は治っているはずだ。それだけじゃ
ない。無事に帰れるよう、ちょっとした細工もしておい
た。帰るまではユタカの乗った船に何があってもユタカ
だけは無事なはずだ。
人間に、とぼくは氷床を見る。
何かをここまでするのは初めてだ。
ノブのときでもやらなかった。
だってノブに何か危険があるなんて思いもよらなかっ
たから。
いつでもノブは元気いっぱいで、ぼくを励まして、帰
るときは笑って大きく手を振っていた。またそのうち会
えるとまで思った。
けど──会えなかった。
人間は面倒臭い。
よくわかんないゴタゴタしたことばっかりやって、ぼ
くたちの邪魔ばっかりする。けど同時に、とっても弱い
存在なんだって、そのときぼくは知った。
邪魔臭いけど、腹立たしいことばっかりやっているけ
ど、けど、憎み切れない。ノブやユタカみたいな人間も
いるから。
──『彼』の気持ちが少し、わかった気がした。