abstract

短編SFファンタジー。
ぼくの中にはたくさんの記憶がある。先代のぼく、その前のぼく。そして次のぼくへと記憶は引き継がれていく。ぼくはコウテイペンギンだ。南極で、世界の変化から命がけで生き物たちを守っている。邪魔をするのはいつも人間。まったくもう、困っちゃう。でも真っ白い服を着た『彼』が来て、ぼくと契約をしてくれた。わたしが人間をなんとかしよう、って。

about

【RWMシリーズ関連性】
『ストームセル・メレンゲ』と『ダウジングガール』のあいだの4年間を中核とする、人間側ではなく動物側の物語。
【原稿用紙換算枚数】70枚
【読了目安時間】30分
2017/02/17 配信開始

試し読み

◇◆試し読み◆◇

 なら大丈夫かな、と思った矢先だった。
 ユタカが銃で撃たれた。
 さいわい命に支障はなかったものの、立っているのがやっとのユタカは苦笑しながらぼくに予定を早めて帰国すると告げた。
 「冗談じゃないよ。ユタカをこんな目にあわせて。そいつと一緒の船で戻るってことでしょ? 今度は怪我じゃすまないよっ」
「もう犯人は捕まえました。そして全員の合意のもとに監禁し、そして今回のこの怪我は、私が自分でやったことにしました」
「自分で銃を撃ったって? 自殺しようとしたことにでもするつもり? 何を考えてんの?」
「そうか。うーん。そうだな。任務の重圧に耐えかねて、そうですね、ミスター・エンペラーのアイデアどおりに自殺未遂にしますか」
 ユタカっ、とぼくは叫ぶ。ユタカも、ミスター・エンペラーっ、と叫びかえした。
「犯人の彼にも家族はいるんです。言いましたよね。彼が処罰を受けることがあったら、家族にも類がおよぶと」
「うん」
「その家族は私もよく知っています。彼らに罪はない。それに狙撃した彼の気持ちが弱くなっていたのに気づかなかった私が悪いんです」
「ユタカ」
「人間は弱い生き物です」
「え」
「宝の山を目の前にすれば、たとえどんな規律があろうとも、気持ちが揺らぐ。そして、それが人間としては普通なんです」
「は?」
「ぜんぶの人間が同じ行動をする、同じように考えて、同じような思いを抱く──それはとても気持ちの悪いことだと、私は思います」
 それでは機械です、とユタカは続ける。ぼくは、うん、と小さくうなずく。それは、わかる。
「いろんな思いを抱え、行動する、それが人間の特徴だと思うんです。それをわかった上で私はこの任務を引き受けました。ですから、この程度の怪我ですんでラッキーでした」
「だからって、ユタカが怪我をしていいことには」
 最後まで言い切らないうちにユタカが膝をついてぼくの身体をふわりと抱きしめた。
「怪我をしたのが自分でよかった」
「……え?」
「──あなただったらと思ったらゾッとした」
「……ぼくはそんなヘマはしないよ」
「ほかのペンギンでもそうです。ほかの生き物に迷惑がかからなくてよかった。私で、よかった」
 ユタカ、と胸が詰まる。くぐもった声が出る。
「また……会えるかな」
 ユタカは答えない。ノブのときのように。
 ミスター・エンペラー、とユタカは少しはにかんだ声を出した。
「実は国で待つ妻のお腹の中に子どもがいます。まだ性別ははっきりしていません。ですが、生まれてくる子どもが男だろうが女だろうが、ミナト、と名前をつけます」
「ミナト……。ひょっとして『水』って言う意味?」
 ユタカは満面の笑みになる。
「さすがです。あなたにいただいた水を、地球で暮らす生き物に欠かせない水を、大切にするように。そういう願いを込めて、ミナト、と名付けます」
「ぼくは……ミナトに会えるのかな。ミナトはぼくの言葉がわかるかな」
「わかります。私の子どもですから。そして会えます。これまた私の子どもですから」
 じゃあ、とぼくは無理に明るい声を出す。
 そしてユタカが怪我をした胸元にフリッパーを当てた。ほんのりとユタカの胸が明るくなる。ユタカが、あ、と声を出す。何を? とぼくに顔を向ける。
「……無事に帰ってもらわないとユタカの子どもに会えないからね」
「それで……怪我を」
 ユタカは胸元に手を当てている。うん、とぼくは目を細める。ユタカの傷は治っているはずだ。それだけじゃない。無事に帰れるよう、ちょっとした細工もしておいた。帰るまではユタカの乗った船に何があってもユタカだけは無事なはずだ。
 人間に、とぼくは氷床を見る。
 何かをここまでするのは初めてだ。
 ノブのときでもやらなかった。
 だってノブに何か危険があるなんて思いもよらなかったから。
 いつでもノブは元気いっぱいで、ぼくを励まして、帰るときは笑って大きく手を振っていた。またそのうち会えるとまで思った。
 けど──会えなかった。
 人間は面倒臭い。
 よくわかんないゴタゴタしたことばっかりやって、ぼくたちの邪魔ばっかりする。けど同時に、とっても弱い存在なんだって、そのときぼくは知った。
 邪魔臭いけど、腹立たしいことばっかりやっているけど、けど、憎み切れない。ノブやユタカみたいな人間もいるから。
 ──『彼』の気持ちが少し、わかった気がした。

(続きは、本編で)

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