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2012年ペンギンフェスタ参加作品。
単行本・長編SFサスペンス『南極からのしらせ』(エネルギーフォーラム社)のもとになったお話です。本作中の「白瀬隊長」は『南極からのしらせ』の主人公・湊のお父さん、豊(ゆたか)氏。ミスター・ペンペンとミスター・エンペラーは同一人物。

本文(全文)


ペンペン協奏曲

天川さく

「やあやあ、白瀬さん。遠いところをご苦労さん」
「今年もお世話になります、ミスター・ペンペン」
 うんうんとうなずくペンギンと、第100代南極探検隊の白瀬隊長は握手を交わした。



 プチ氷河期と呼ばれる氷河期が地表を襲ってはや5年。温暖化で騒いでいたのがウソのように地表は雪と氷で閉ざされた。太陽活動低下が原因だ。死者行方不明者は10億人にのぼり、資源の枯渇も深刻だ。
 そんな人間に救いの手をさしのべたのがこのコウテイペンギン、ミスター・ペンペン。
 ミスター・ペンペンは言葉を話すことができた。

「え? フツーだよ。みんな喋れるよ。人間と喋りたがらないだけだよ。ぼく? ぼくは別に。どうでもいいかなって思ってさ」
「ですがミスター・ペンペン。ペンギンのかたがたはどうも人間をこころよく思っていらっしゃらないようで。わたしもここに来るまでずいぶんと妨害工作を受けました」
「それはよくないなあ。あとでよく言っておくよ」
 お願いします、と白瀬隊長は頭を下げる。
 自分の半分の背丈しかない相手に頭を下げる。
 しかも相手はペンギンだ。
 妙な気持ちももちろんわいた。けれどもここはそんないち個人の感情を出している場合ではない。世界の命運がかかっているのだ。

 たかがペンギンとあなどるなかれ。
 このペンギンたち。異常なほどに強かった。
 どんな銃器でせめたてようとびくともしない。すぐさま潜伏してかく乱攻撃だ。南極大陸での攻防はいうまでもなく海上では手も足も出なかった。自然を知り尽くした行動だ。人間の理屈がまるで通らない。
 大海原でクジラを捕りつくしていたころがウソのようだ。
 ああ、今までおれたちはペンギンの、いや人間以外の動物のなにを見てきたのか。動物たちが本気を出せば、これほどたやすく人間の威厳など足元から崩れ去るのだ。
 世界中の生き残った人間たちはペンギンの所業に震撼した。
 それでも頼みの綱は南極大陸。
 いつ終わるともしれないプチ氷河期を生き残るには、どうしてもあの豊富な資源が不可欠だった。



「それで、あの、今年も資源を分けていただけるのでしょうか」
「いいよ。ただし限度をわきまえてよね。必要な分だけ。ズルはなし。頼むよ。ぼくたちからの条件はそれだけだよ」
「耳が痛いですな。――たしかに我々人間は、あればあるだけ使ってしまう。便利を覚えると不便に戻れない。そういう習性がぬぐい切れない」
「ははは。これで懲りたでしょ。必要以上に捕るとろくなことはないのさ。人間も欲を捨てればいいのになあ」
「それがなかなかできないようで――。このプチ氷河期もいつまで続くかわからないのに。『もっとよこせ』とわめく輩が多くて困ります」
「まあ、アレだよ。そう悲観することもないんじゃない? あと1年ってトコかな。プチ氷河期、終わるよ」
「どうしてわかるんです?」
「太陽だよ。見ればわかるじゃん。活動が活発になってきてる」
「……分厚い雲に覆われて、人間の肉眼やデータではよくわからないのですが。人工衛星も制御不能になって久しいですし」
「ホント? それは不便だねえ」
「まったくあなたがたにはかないません」
「でもさ、なにに一番かなわないってさ――」
 地球でしょ、とミスター・ペンペンはいたずらっぽく笑った。
「地球はぼくらの都合で動いてはいないからね」
「まったくもって、おっしゃるとおりで」
 ミスター・ペンペンと白瀬隊長はそろって空を眺める。
 ペンギンと人間の奇妙な協奏曲。
 人間の人口が頭打ちになったいま、あたらしい関係が結ばれようとしていた。

(了)

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