Mr. & Mrs. イトウ
「『いつか会社を辞めてやる』って言うけれど、私たち
も『いつか離婚してやる』って思っているわよねえ~」
ミセス・イトウの声にそうよそうよ、とマダム友だちが
笑い声をあげた。
「誰のおかげでメシが食えると思ってるんだよな。俺た
ちが働いているから3食昼寝つきの生活してやがるんだ
ぜ」ミスター・イトウの声にそうだそうだ、と仕事仲間
が笑い声をあげた。
結婚式を挙げて30年。
3人の子どもたちは自立をし、2人で穏やかに暮らし
ている。
財布の紐はミスター・イトウが握り、ミセス・イトウ
は家事に専念だ。
新婚のころは甘い毎日。2年もすれば子育てに忙しく、
5年もすれば恋など忘却。8年たてばお互い空気。ケン
カをするのもわずらわしい。
結婚とは永遠の愛を誓いあうこと――。
ああ、はいはい、とミスター・イトウはネクタイを締
める。アレだろアレ。知らないうちに掃除や洗濯をやっ
てくれて、おまけに夜の相手もできて、それらをぜんぶ
の給料をぶちこんでやるっていうアレだアレ。給料がな
けりゃ、家族は解散。そういう意味だろ。じゃあ、いっ
てくる、と靴を履く。
ええ、そうねえ、とミセス・イトウはフライパンを握
る。アレでしょアレ。食べるものぜんぶをまかされてい
るってコト。命のすべてを握っているコト。たとえば、
そうねえ、この食塩。これを毎日少しずつ増やせば、あ
っという間に成人病。保険の名義は私だし? アリバイ
ばっちり、問題なし、と大量の塩コショウで味付けだ。
「あら、あなた。お帰りなさい。お疲れさまでしたわね」
「ただいま。いい1日だったかい?」
ミスター・イトウとミセス・イトウは玄関先でキスを