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 あの日
 シロナガスクジラにいざなわれて海深く意識が潜
プランクトンを見て意識はさらに地球の記憶をさかのぼ
時間をさかのぼりストロマトライトが吐き出す酸
素の気泡ひとつにまで意識を潜り込むことができて以来
とこのままでいられたらと思わないときはなか
 その瞬間その一瞬地球を思い続けた忘れること
ができないくらい思い続けた呼吸をするよりも多く思
い続けた心臓が身体中へ血液を送り込む速さよりも早
いくらいすぐに意識は地球へと向けることができた
意図せず向かてしまう気を抜くと地球の一
部になている感覚にとらわれた
 意識していないと自分が月面にいることを忘れてしま
歯を食いしばていないとみたらし団子を食べてい
ることすら忘れてしまうダブルのぬくもりすらどこ
か遠くで焚き火をたいているくらいにしか感じられなく
なるどれだけ髪を触られようとどれだけ頬を撫でられ
ようと意識はどんどん地球へと向かて現実から離れ
てしまいそうになる気を抜くと現実感がなくなる
わふわと浮かび上がたこころもちになる思いが気持
ちの内へ内へと進んでしまうまるで地球の引力だ
んだ先に地球があるかのようだ
 語尾に強く抑揚をつけて語るのは自分がいま生活
している次元はここだということを自分自身にいまし
めるためだそうしないとしているのかどうかす
ら自信がなくなてくるどこに現実があるのかわから
ない
 それくらい地球が愛しい
 ずとずと地球が愛しい
 地球とひとつになる日を夢見てそれだけをこころの
支えにしてきたここで手を動かして人間として暮
らすの堪えていられたのはいつか地球とひとつになる
という夢があたからだこころの支えがあたからだ
 そしていま目の前に水ようかんがある
 ダブルがすべての種明かしをしてくれた水ようかん

 いいよね15年も待ていたんだもんねアタ
シがんばたよねご褒美だよねアタシすご
いなと感心されたことはあてもよくやと褒
められたことはないんだよだれも褒めてくれないん
だよ感心するばかりできて当たり前と思われるば
かりさすがといわれるだけ
 地球はもういいよていてくれたんだよね
よくやたなて褒めてくれているんだよね
められるすごくあたかい身体の芯からじんわ
りと身体中があたたかくなるよもうがんばらなく
ていいんだよね
 職人は水ようかんの包みをはがすとゆくり
と口へ持ていく
食べるな
 ダブルは職人の手を押さえた職人は目をしばたたく
どうしてダブルが止めるのか理解できないという顔つき
ほかのだれでもなくお前が食べたらち側
へいくということだ
そうだよ
現実的にはを意味する
そうだね
 職人の手が動く口を大きく開けて水ようかん
かぶりつこうとするその水ようかんにダブルが素
早くかぶりついたという間に平らげる
なにをするの
食べるなといたんだ
アタシは15年も待ていたんだよ
 職人は新しい水ようかんの包みをはがした
ようやくようやくこの日が来たんだよとず
と待ていたこの日がと来たんだよ
 職人は水ようかんを口へ持ていこうとした
れをダブルがすかさず職人の手をつかんで職人の手

にあ水ようかんを食べき食べきただけ
ではく職人の膝の上にあるすべての水ようかん
床の上にはたき落とすついでにソフに職人を押し倒
職人の白衣や着物の袂に隠し持ていた水ようか
すべてを床に叩き落としたコンクリトの床の上
に大量の水ようかんが転がり落ちる鈍い音がする
どうして
食うなていているんだ!
アタシダブルくんが謎ときするまでちんと待
いたんだよ
オレが頼んだわけじないお前が勝手に待ていた
だけだろう
タフが月に持てきたときに食べてもよかたんだよ
それもお前の意思だろう
とずと待ていたんだから!
 うるさいとダブルは壁を叩いた
お前の意思なんて関係ない! お前が死んだらオレは
地球を破壊する!
な!
 ダブルは職人の目の前に手のひらサイズの黒い装置を
突き出した
タフが水ようかんを検体として持ち込む少し前に
完成した装置だ対惑星用の反物質装置だこれを稼動
させれば地球ひとつくらい簡単に粉々にできるもちろ
ん月もそのまきぞいもくうだろうけれどな
やめてよ
だから食うな!
 職人が大きくかぶりを振る
とずとアタシの夢だたんだよアタシがど
んな思いで待ていたのかダブルくんだて知ている
でし
わかてるているだから食うな
どうして
 職人の大きな瞳から大きな涙が零れ落ちる
どうしてそんなこというの? ダブルくんだて地
球のことが好きでし

きらいではないだがな職人を失てまで好きじ
ない職人をとられてまで好きでいるほどお人よしじ
ない!
 ダブルはソフの上に転がていた水ようかん
手のひらで握りつぶした
水ようかん? ふざけるな笑わせるななにが
ガイア理論だなにが夢だ自殺の言い訳に地球を利用
するな!
そんなんじないよ
おなじことだろうが!
いやだよ
 ダブルの腕からのがれようとする職人をダブルは抱き
かかえた職人はダブルの胸の中で大きくもがく職人
の息がダブルの腕に胸に熱く吹きかかる職人の腕がダ
ブルの背中を叩いてもダブルは力を弱めなか
そんなに地球とひとつになりたいのなら
 思わずダブルの言葉がつまるのどから振り絞るよう
に言葉を続けた
オレがお前をきちり看取てやるちり看取
てその亡骸を地球に土葬してやる
 職人がダブルを叩く手を止める
そうすればお前は有機分解されて晴れて地球と一体
化だどうだ! 問題はないだろうが!
そんなに
 職人も言葉を詰まらせる
そんなに待てないよ
 目の前に手を伸ばせばとどく目の前に15年
待ち続けた結果がある口にすれば一瞬で地球とひとつ
になれるものがあるとずと描いていた夢がかな
うものがある地球がひとりの人間ごときに応えてくれ
るなどてもいなか希望してはいたけれど
期待はしていなか待ち望んでいたけれど本当に
願いがかなうとは思ていなか
 その思いがまさにかなうものが目の前にある
 この日が来るのをどれだけ待ていたことか
て待て待毎日毎日ウサギ型催涙弾を作り
続けて何百個体も何千個体も作り続けてようやく

ようやく手に入れたチンスなのに
みすみす見逃すなんてことできないよ
 この機会を逃したら地球はもう返事をくれない
だろう拒絶したと受け取られるかもしれない地球を
見る姿すらも変わてしまうかもしれないいままで見
えていた地球のぬくもりすらも地球は見せてくれなくな
るかもしれない
 地球とひとつになる夢がかなわなくなる
 ずと思い描いた夢が消えてしまう
 どれだけの思いだただろうほんの思いつきの思い
ではないそんな軽い思いではない15年間長い長
い年月それだけの年月をずと思い続けてきたのだ
 そして扉は開いているのに
 職人はダブルの腕のなかで激しくもがいた水よう
かんをつかもうとひとつでいいから手にしようと指
先を伸ばすそれをダブルも渾身の力で押しとどめる
職人が窒息するかもしれないほどの力だ手加減はでき
なかそれほど職人の力が強か職人の15年
間の思いの力だ
すぐだ!
 ダブルは職人の耳元でさけぶ
たかだかあと20年かそこらだ! オレたちは薬物
まみれだそれ以上はもたないと早いかもしれな
心配ないすぐだ保障する
15年だて気が遠くなるほどだたんだよ
すぐだ
20年だなんて待てないよ
 長すぎるよ職人が嗚咽を漏らすとず
と待て待ち続けてと15年がすぎて15年か
けて返事をもらえてこの上まだ待つなんてことは
もうできない20年? 気が遠くなるよそんなに待
てるわけないよてだ目の前にいま
すぐ夢がかなうものがあるのに!
すぐだ!
 ダブルは繰り返す
すぐだ!
 職人の耳元で繰り返しさけぶ

オレだてずと見ていた! オレが月に来てから1
4年オレはお前を見ていた! この日が来るのを待ち
続けていたのはお前だけじない! オレだて待
いた!
え?
14年間お前がやていることをずと見てきたん
だ! ひとりで待ていたふうにいうな! 14年間ず
と見ていてと待ていたオレの身にもなれ!
と気づいていたてこと
お前の行動はあからさますぎるんだよ不審すぎ
挙動不審だ探らなくとも見ていればわかる
 職人がだらりと腕をおろした
会長だて気づいていただろうていたのは
うしてオレがお前を止めるとでも思たんだろうさ
とも最終的にはソラの持てきた調査デタが決め手
になたんだがな
そうかみんなずと知ていたんだね
れも止めないからきりうまくやているんだとば
かり思てたバカみたいだね
 職人は目を伏せるダブルの腕の中で小さく身を縮め
自分のバカさ加減を悔いるように小さくなる小さ
くなて体を震わせる
 そして職人はダブルを突き飛ばした
 職人が転がるように床にちらば水ようかん
と走今度こそためらいのない動きだこの機
会を絶対に逃さないという意思にあふれた動きだ
 着物のすそが乱れるのも構わずに職人は水ようかん
に飛びついたあと少し職人は水ようかんをわ
しづかみにして包みをはがすあと少しで地球とひとつ
になれる職人はむき出しにな水ようかんを口
にいれようとしてその瞬間をダブルが職人を床へ押し
倒した水ようかんを持ている職人の手をダブル
は強く床に押し付ける
食うな!
邪魔しないで
食うなというんだ!
こんなことならタフが検体を持てきたときに食べて

しまえばよかたよ
 ダブルくんの謎ときなんて待ていないで職人が歯
軋りをする
 ダブルは目を鋭く細めると空いた手でナイフを取り出
した職人の手にある水ようかんをナイフでずたず
たに切り裂く手当たりしだい床に転がている水よ
うかんにナイフを突き立てたそれからナイフの柄の
向きを変えたナイフを職人ののど元につきつける
たら殺す
 ダブルの低い声が室内に響く職人の首筋から血がひ
と筋にじみでる職人は目を見開いてダブルを見ていた
職人の眉が大きくゆがんでいる
そうしたらお前は地球に受け入れられる前に月で野垂
れ死ぬことになるな地球とはひとつになれない残念
たな
 職人がぽかりと口を開ける言葉は聞こえない
人の見開いた瞳がみるみる透き通ていく怯えや怒り
の色はない苛立ちの色さえ消えていた憎しみや憤り
の色もないあるのは不思議そうな色だ
 どうしてダブルがこんな行動に出るのかまるで想像
できないという顔つきだなにがここまでダブルを動か
すのかまるで理解できないという顔つきだ
 恋愛の究極の形は心中だよ
 そうソラにさとしていたのは職人自身だというのに
 自分たちの身にそういう状況が訪れることはまるで想
定外だ職人にとてもダブルにとても職人の
襟元が血に染まていく桃色の半襟に模様のように赤
色が混じるそれでもダブルは力を緩めなか
これでは職人を殺したあとオレは自殺をしなくてはい
けないじないか
 ダブルは口を曲げる
 笑い声が突いて出た
 含み笑いのような声が次第に大きな声になる
て笑いまく腹が痛くなるほど笑頬が引
きつるほど笑自分の笑い声でこめかみが痛くなる
目尻に涙が浮かんだ
 そうだオレにとても想定外だオレがこんな

陳腐な行動に出てあんな陳腐な言葉を吐くなどとオレ
らしくもないいくらいいヒト菌にかもされている
からといてもありえないだろうなんという無様さだ
 ダブルはひといき笑うとナイフを床へ捨てた
 コンクリトの床にナイフの金属音が響きわたる
いいぜもう好きにしろよ
 ダブルは職人から身体を離す
お前の人生だお前の夢だオレがしばることはでき
ないしばるほどのしがらみがオレたちの間にあるわけ
でもないしな自由にしろよ
 ダブルは投げやりに床へ座り込んだ全身がけだるか
 なにをやているんだろうなダブルは深く息を吐き
出すこんなに必死になて汗だらけになて大声まで
出してダブルは髪を乱したまま天井に顔を向ける
首筋を汗が伝ひと筋ふた筋と流れていくダブル
は目を閉じて呼吸をした
 さらに姿勢を崩すと手に水ようかんが当た
ダブルはゆくりと目を開ける
 たく振り回してくれたよな迷惑きわまり
ないご丁寧に2万個体も送りつけやがいや
の倍数以上かこのオレが5週間もかけてつきあわされ
あきぽくて納期など守たことがなくてこだわる
ことが大嫌いなこのオレがなんとかしようと試みた
 所詮最初から勝負のわかていたゲムだ
レイヤのつもりで動いていたもののどうあがいても
コマのひとつでしかなかたわけだ
 当たり前だなオレは人間で相手は地球だ
 歯が立つ相手ではない
 職人だて歯が立たないだろうと高をくくていた
相手にされないだろうと高をくくていた地球の気ま
ぐれにも困たものだこんなちぽけな人間の思いの
ひとつやふたつておいてくれればよかたものを
それでも地球は職人に応えた職人の思いに応えた
職人の粘り勝ちというやつか
 ダブルは水ようかんのひとつを手に取ると職人に
差し出した

食えよ夢なんだろう? こんなチンスは滅多にな
 職人が物憂げに身体を起こすダブルの差し出した
水ようかんに顔を向けるぼんやりとした瞳だ
職人の蝶の髪飾りがトプライトに照らされて光てい
職人の輪郭がトプライトの光に拡散されておぼろ
げに見えるはかなげに見えたふわふわの髪などすで
に透き通ているかのようだこれが職人を見る最後か
 どうしてだろうこういうときに笑みが漏れるどう
しようもないから笑みが漏れる
約束
ん?
約束してくれるよね
 ダブルは怪訝な目を職人に向けた
必ずアタシを看取て亡骸を地球に土葬する
ソじないよね
 ダブルは姿勢を直して職人を見た
必ずだよ
 力強い声だなにかを決意しなおした職人の声だ
職人の瞳にも力強さが宿ているダブルは職人
の目を見て答える
約束する
 ダブルが返答した直後だ
 コンクリトの床が発光した
 ダブルと職人は思わず立ち上がる
 コンクリトの床にあ水ようかんが発光して
いたダブルがナイフで砕いた水ようかんその
水ようかんが発光しながら宙に浮かび上がるソフ
に転がていた水ようかんもコンクリトの床に
水ようかんも部屋の隅に転がていた水よ
うかんもすべてが発光して宙に浮かび泡のようにばら
ばらにな光の泡だ
いいのか
 光の泡が職人を取り囲んだ
本当にこのチンスを逃していいのか!
 15年間も待ち望んでいたんだろう! オレごときの
説得にやすやすと乗ていいのかオレの脅しやすかし

なんかに乗ていいのかダブルは続けるお前の夢で
お前の意思でお前の憧れだたんじないのか!
 光の泡の中で職人はこぶしをにぎ
ダブルくんが看取てくれるんだよね
ああ
絶対だよね
ああ!
ならいいよ
 その瞬間だ
 光の泡がはじけて消えた
 まばゆいばかりの閃光の中で職人が微笑んでいた
泣きながら微笑んでいた職人の口元がちいさく動く
光の泡に向かて3文字の言葉を吐いた
 またね
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