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この4年間でダブルがソラに送りつけた試作装置はそ
の数、およそ2000点。
ソラはいつも淡々と検証結果をメールで報告した。
『アライグマ型多機能探査装置で地下システムの様子を
検索しようとしたところ、街が半壊してしまいました。
探査対象が消滅するのは困ります。改善を要求します。
チーズケーキ型靴製造機では立派な革のブーツを製造で
きました。難点はサイズが大きいところです。そして右
足用が2足できました。67センチの革靴に需要がある
とは思えません。右足用だけあっても履くひとはいない
でしょう。地元民の方に酪農乳製品の貯蔵容器として活
用していただくことにします。電卓型催眠スプレー剤は
――』
といった具合に、ソラのメール連絡は几帳面だ。おそ
らく試作装置を使用した際にソラ自身も負傷したであろ
うが、その点についてはまったく報告して来なかった。
試作装置の検証結果ではないからとの判断だろう。
ソラは愚痴をいわなかったものの、別件でクレームが
嵐のように降り注いだ。
モジャモジャ頭の営業部員など頭から湯気を出すほど
の勢いで、カフェでマシュマロ入りココアをすするダブ
ルに泣きついた。
「外部での試作装置の検証を行うのは禁止されていると
なんど言えばいいんですか! ことにあの杖のようなや
つ。あれをソラちゃんから取り返してください!」
「どうしてさ。ソラちゃんも気に入ってるみたいなんだ
よ?」
ほれ、とダブルはソラからのメールを見せる。
『いただいた杖はすごく使い心地がいいです。つかむ場
所が絶妙で、振り回すにも力を入れやすく助かります。
杖を触っているととっても安心する。精神安定剤かなに
かをすり込んであるんですか?』
「ね? ソラちゃんは勘もいいんだよ。試作装置を使う
ときにビビられちゃ困るからねえ。ほんのちょこっとば
かり精神安定剤を塗布しておいたんだ。エヘヘ」
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「笑い事じゃありません! ソラちゃんが転送したデー
タで月面本社のネットーワークがなんど麻痺したことか。
さっきなんて月面ドックへの離着陸応答システムが作動
しなくなったんですよ。原因をしぼりこんだらソラちゃ
んにたどり着きました」
早くソラちゃんから杖を取り返せ、とモジャモジャ頭
の営業部員はダブルの肩をゆさゆさと揺すった。
「んん。それは難しいねえ。麻薬性って知ってる? 中
毒性と言い換えてもいいぞ。あの杖は保有時間に比例し
て中毒症状が強く出る。ソラちゃんは数年持ち続けてい
るから。もう手放したらソラちゃんの自我が崩壊しちゃ
うかもね」
「……脅しですよね」
「どうかな。試してみれば」
「ならせめて試作装置をソラちゃんに渡すのを止めてく
ださい。各地でダブルさん作の試作装置が原因であろう
爆発が起きています。いままではテロのせいだとかなん
とか、とぼけ通してきましたが、各国もいい加減に不審
を抱いています。わが社の信頼関係の問題に関わります
から!」
「会社のことなんてどうでもいいし」
「アンタに会社のことを考えてもらえると期待などして
いません。会社のことを考えているひとはひとつの街を
壊滅状態に陥るほどのことをしません。わかっています
けど、こうしてあらためて頼んでいるんです」
モジャモジャ頭の営業部員の手に力が入る。い、痛い
よ、とダブルは顔をゆがめて右手でモジャモジャ頭の営
業部員の腕にすばやく麻酔を注射する。モジャモジャ頭
の営業部員は、うわあ、と声を上げて椅子からすべり落
ちた。
それでもモジャモジャ頭の営業部員は、「き、規約、
規約違反、ですから。懲罰ものですから」と震える手で
ダブルを指差した。
へへんだ、とダブルはマシュマロ入りココアを飲む。
懲罰といっても『月面本社からの外出を禁ず』程度じゃ
ん。それが5年とか10年とかじゃん。オレなんてすで
に10年以上、月面本社から出たことはないから日常生
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活に支障はない。
「そもそもぼくがやっている試作装置の検証実験なんて
可愛いもんでしょ。時空を捻じ曲げているわけでも小惑
星を破壊したりしているわけでもないんだから」
モジャモジャ頭の営業部員が身体を震わせる。数年前
に起きた月面本社での別の係での試作装置暴走事件を思
い出したのだろう。
「で?」とダブルはココアに息を吹きかけながら床に転
がるモジャモジャ頭の営業部員に顔を向けた。
「ソラちゃんは恋人とやらに会えているの?」
モジャモジャ頭の営業部員はうなずく。モジャモジャ
頭の営業部員は途切れ途切れの声で、「ときどきですが、
会っているようですよ」と微笑ましい表情をした。
RWMは慢性人手不足だ。どの部署も激務だ。RWM
の社員同士ならば会う機会もそれなりにあるだろう。相
手が民間人となれば話は別だ。それでも恋人と会ってい
るというのなら、ソラがどれだけの気合で時間を作って
いるのかがうかがえる。それだけの行為をするほどの情
熱がある、ということだ。
それってつまりさ。ダブルはにんまりと笑った。ぼく
が送りつけた試作装置がソラちゃんのリハビリになって
いるってことじゃないの? 封印した『怒り』の感情は
戻っていないくらい淋しいんだろうけど。そうだな。オ
レの送った試作装置で検証実験をすることにより、淋し
さの気晴らしはできているだろうな。淋しくてもんもん
としている気持ちも、山脈のひとつやふたつ、吹き飛ば
すことで発散されるだろうしな。
「ちょっと待った」
モジャモジャ頭の営業部員が震える声で抗議をした。
「そ、そんな危険な装置をソラちゃんに送りつけている
んですか? そんな報告は受けていません。それはソラ
ちゃんがまだその装置を使っていないからということで
すか? い、い、いますぐソラちゃんから、すべての試
作装置を取り返してください」
「えぇ。面倒だねえ」
あのですねえ、とモジャモジャ頭の営業部員がいいか
けたときだ。
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モジャモジャ頭の営業部員の携帯電話が振動した。
電話に出たモジャモジャ頭の営業部員の顔がすぐさま
青くなる。麻痺しているだろう口を必死に動かして謝罪
の言葉を重ねていく。立つこともままならないだろうに、
正座をしようと試みて、そのまま携帯電話に向かって頭
を下げていた。
エヘヘ、とダブルはマシュマロ入りココアを飲み干す
とカフェを後にした。
おそらくソラが山脈のひとつやふたつ、吹き飛ばすこ
とができる試作装置を発動させたに違いない。モジャ毛
くんには悪いけど、ぼくとしては実験がうまくいって嬉
しい限りだよ。オレのロジックに間違いはなかった。よ
おし、次はメキシコ湾あたりを瞬時に蒸発させる装置を
作ってみよう。大掛かりな装置は作り甲斐があるからな。
それを小型化させるところもたまんないんだよね。
技術開発部に入ったところでソラからメールが届く。
『ダブルさんの指示どおりに操作をしたところ、眼前の
山脈がみっつほど消え失せました。崩壊ではなく消失で
す。平原になってしまいました。これから営業部に連絡
をしてリペア部への派遣を要請してみます。念のため、
次元に変化があるかどうかの確認をしたところ、そちら
の問題はありませんでした』
山脈みっつか。そりゃまた3割り増しの効果だねえ。
ちょっと微調整が必要かな? それにしてもオレたちは
とてもいいペアに成長したと思わないか? まったくだ
よね。
ダブルは上機嫌でアンノウン係のドアを開くのだった。
◇
その同じアンノウン係のドアの前で、いまは仁王立ち
したソラがいる。
「さぞかし私のことを『いいカモだ』って思っていただ
ろうね。私すごく几帳面にダブルくんからの依頼を全部
受けていたもん。会社のためになるって信じてた。けど、
けど!」
ソラはスーパーボール型まきびしをダブルに投げつけ
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た。うおう、とダブルは跳ね上がってまきびしを避けた
ものの、まきびしに囲まれて身動きが取れなくなる。
「どれひとつとして会社のためになるもんなんてなかっ
たじゃん!」
「あったよ。使って楽しい試作装置もあったでしょ。多
忙を極める社員に『遊びココロ』を思い起こさせるすば
らしい装置だ」
「山脈みっつ消滅させて、どこがすばらしいのさ!」
「巨大隕石が落下するときに使える装置だよ」
「いつ落下するの! どれだけの確率! ふざけないで
よ!」
ソラはダブルの頭部を狙って足蹴りを連打する。動け
ないダブルは両手を交差させてソラの攻撃をかわした。
痛い、痛い、ちょ、たんま、とダブルがつぶやいても、
ソラは「私にいうことがあるでしょう!」を繰り返すば
かりだ。
ふうむ。ソラちゃんはいったいなにを要求しているん
だろうねえ。ダブルは頭を左右に動かす。さっぱり思い
つかなかった。そういえばオレはまだソラに再会の挨拶
をしていないぞ? かれこれ4年ぶりの再会だったね。
試作装置は月面本社からソラ宛に送る荷物に紛れ込ませ
ていたからな。『怒り』の感情を取り戻せた祝いも述べ
ていない。なんだ。そうならそうと早くいってくれれば
いいのに。ソラちゃんってば意外とテレ屋さん。
「違う!」
ソラは鋭くダブルの胸部にこぶしを打ち込んだ。同時
にウサギ型催涙弾を投げつけた。催涙弾はラボ中に広が
っていく。防護マスクをするのが瞬時遅れたダブルは催
涙弾に目をやられて膝を折る。
そこをすかさずソラがダブルの顎を下からすくい上げ
るように殴り、上空へ飛び上がったダブルの腰を左足で
蹴り飛ばした。ダブルが上空で体勢を立て直す前にと、
フックにキックにアッパーにストンプと、たて続けに技
をかける。最後に雄叫びをあげながら、全体重をかけて
ダブルの顔にストレートで殴りつけた。
「ご」とダブルが声を出した。
「ごめんなさい」
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いいつつダブルは音をたてて床に落ちる。
よし、とソラはうなずいて、両手を叩いて埃を落とし
た。
「わかればいいんだよ。もっと早くいえばいいものを」
背後から、うおおおお、と歓声がわいた。作業台の下
やアンダーラボで隠れていた水素とヘリウムとリチウム
だ。
「係長が謝罪の言葉をはいたぜ。俺はじめて聞いたわ」
水素の言葉に、ボクも僕も、とヘリウムとリチウムが
賛同する。嬉しそうな声色だ。
ラボの外からも歓声が聞こえた。ソラの騒ぎを嗅ぎつ
けて、ほかの係からの野次馬がラボの周囲に人垣を作っ
ていた。
くそう。みんなしてぼくのことを笑って。ぼくの可愛
い顔がこんなズタボロに。オレの身体もボロ雑巾のよう
だ。『昔取った杵柄』は役に立たないくらいの大昔の出
来事に成り果てていたのか。くうう。
ダブルは屈辱に歯軋りをする。悔し涙が床を濡らした。
「いいよ」
見るとダブルの前にソラの手が差し出されていた。ダ
ブルは怪訝な目をソラに向ける。
「これからも私、試作装置の実験検証を地球でやってあ
げる。もちろんリスクを把握できたものに限るけどね」
ソラの予想外の発言にダブルはソラに抱きついた。
「ソラっち」
「はいはい。だから甘えるフリしてひとに麻酔剤を打と
うとしないでよね」
ソラはダブルの手から注射器をもぎ取った。
「あ」
「こういうことすると、お仕置きしちゃうぞ、ダブルっ
ち」
ソラはにっこりと笑うとダブルの首筋に注射器を刺そ
うとした。とっさにダブルは手刀で注射器を跳ね飛ばす。
いくら錆びた『昔取った杵柄』でもそこまで錆びてはい
ないのだ。注射器は水素の腰に命中した。水素が、はう
っ、と痙攣する。バカめ。上司をあざわらうからそんな
目に合うんだ。
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ソラは投げやりに「そうそう」と声をあげた。
「そのダブルっちの白衣の内側にあるやつね。私見たこ
とがあるよ? 黒くて四角い箱みたいなヤツだよね。い
っぱい落ちていたよ。拾ってきたほうがよかったの?
ヤバそうだったから、つい無視しちゃったけど」
「どこで」
「アフリカ大陸の『大地溝帯』」
なんですと! それは。ううむ。こりゃこりゃ。なか
なか面白くなってきたねえ。
ダブルはにんまりと笑った。
(第2章 へ続く
)