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◇◆試し読み◆◇
だから、と会長が苦笑していた。
「いつも言っているだろう? 余計な犠牲者を出すだけ
だよ」
わかっている、とこれまたグローバルGの総帥が応じ
る。
「それでもこれもいつも言っていることだがわかってく
れ。体面がある。君が狙撃されそうとの情報があって放
っておくわけにはいかないだろう?」
気楽な口調でやりとりをする会長と総帥。
それを私は脇に立って黙って聞いていた。
狙撃情報は私が流したのではなく、執務室へ到着した
時点ですでに総帥が会長へ告げていた。二人が気楽な口
調で話すのは執務室の中という理由だけではない。お互
い気心知れた仲、それこそ幼馴染だというのは我社の社
員なら誰もが知っていることだ。
だからこそ会長は総帥の依頼を無暗に断れないし、総
帥も会長の決断に反発することはできない。
『ならほかにどうすればいいんだい?』
そう会長に言われたら総帥は黙るしかない。たとえそ
れが無茶な要求であろうとも、会長が口にしたのなら実
行する必要がある。そうしないと取り返しがつかない。
取り返しがつかなくなったからこそ、我社が設立したの
だ。
ライト、と会長が呼んだ。
「そういうわけだからここを出るまでセキュリティポリ
スが三人つく」
そこまで言われてようやく私は把握した。
私が呼ばれたのは、そのSP《セキュリティポリス》
に加わるためか。つまり会長ははじめから狙撃を知って
いたと?
なるほど、と胸でうなる。私など執務室へ近づくにつ
れて気づいたくらいなのに。己の未熟さを痛感しなら、
すると? と思いを巡らす。狙撃元は途中ですれ違いそ
うになった?
これまた、ライト、と声がかかる。
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「相手は特定しなくていい」
おい、と総帥が会長の肩を引く。
「いちいち相手にしている時間はないんだよ。SPの件
はしょうがない。受け入れる。だけど、それだけだ。い
いね」
総帥は苦々しげな顔になる。会長は、やれやれ、と肩
をすくめる。
「だからそれはきみの仕事であってわたしの仕事じゃな
いだろう?」
あ、という顔つきをする総帥に「ウチは環境コンサル
なんだよ。あまり政治問題に巻き込まないでくれ」と会
長は柔らかい声を出した。総帥は小さくうなずく。
──こういう二人のやり取りを見ているのが好きだ。
この二人で世界が守られていると胸が熱くなる。会長
がどれだけ総帥を信頼しているか、それも伝わってくる。
この総帥がいるからこそ、会長は世界を掌握せずに、も
しくは破壊せずにすんでいるのだろう。
総帥執務室の控室にその三人のSPは待機していた。
執務室から出た会長にSPはそろって姿勢を正す。三
人ともがっしりとした体格でダーク色のスーツに身を包
み、サングラスをつけていた。隙のない身のこなしで身
体中からやる気と気迫をみなぎらせていた。
会長は彼らを一瞥《いちべつ》する。そして冷ややか
な声を出す。
「自分の身は自分で守るように」
三人が動揺するのがわかった。精鋭のSPだ。守るべ
き相手から身を案じられるとは思ってもみなかったのだ
ろう。それでもよく教育されているらしく、彼らはすぐ
に会長と私の後ろに続いた。ひとりは会長の前に出て先
導するかたちをとる。
会長は小さく首を振る。
こういうのが嫌なんだよね。
そういう胸のうちが聞こえてくるようだ。私も同じ気
持ちだった。
前方を塞がれては自由に動くことができない。彼らに
したがわざるをえない。振り切ることはできるけれども、
会長は小競り合いを極力避けていた。ひと目にもつく。
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いくつかのフロアを抜けてやや広めのホールへと出る。
会長の歩幅が微かに狭くなった。気づいたのは私くらい
だろう。気を引きしめ前方を見る。螺旋階段があった。
舌打ちしたい気分になる。狙撃にはもってこいの地点で
はないか。
この三人は実は狙撃先の人間ではないのか? そう勘
繰りたいくらいだが、そんな人材を総帥が付けるわけが
ない。会長がいなくなって誰よりも困るのは総帥だ。
もっとも、階段のないルートなどないし、狙撃に適し
た場所などいくらでもある。狭い路地を選んだとしても
狙撃方法などいくらでもある。彼らを責めることはでき
ない。
どう出てくる?
狙撃に備えて私が姿勢を低くした瞬間だ。
爆発音とともに煙幕が視界を遮った。銃声が響き、爆
発が続く。狙撃というより爆破だ。いくらなんでもやり
すぎだろう。ここは世界の諸連邦を束ねるグローバルG
の本部内部なのだ。
おおよそ予想がついていた狙撃相手。派手好きなあの
政府。どう言い逃れをするつもりだ?
そう思って煙幕が晴れるのを待つ。かすかに切れた煙
幕の隙間から私は小銃で狙撃先に発砲した。狙撃が始ま
った瞬間にカウントしておいた。
相手は八人。
その八人かっきりに一発ずつ発砲する。急所をはずし
た場所、そしてしばらくは動けない場所だ。
我社の規約に殺人に至る行為の禁止があった。いくら
会長補佐であろうとも率先して破るわけにはいかない。
煙幕が晴れるとフロアに立っているのは私と会長だけ
だった。SPは三人とも即死に近い状態で絶命していた。
フロアの床材はめくれ上がり壁は崩れ階段は崩壊してい
た。
「やれやれ」
と会長がスーツの埃を払う。
「──だから言ったのに。無駄な犠牲を出してしまった
よ」
あ、と私は会長へ顔を向ける。
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「私は彼らを助けるべきでしたか? まったく思いつき
もしませんでした。申し訳──」
「いやいい。彼らを助けたら彼らのSPとしての立場が
ないし、それにこれからも何かあったらきみが助けてく
れると期待をする。すなわち──きみの仕事が増える」
冗談ではない。
今でも手一杯どころか、間に合っていない状況だ。
「だから、今のきみの判断は正しかったよ。わたしは彼
にSPを断った。さらにはSPの三人には『自分の身は
自分で守るように』と警告もした」
あれは──そういうポーズだったのか。
「これは断ったのに勝手にSPをつけたグローバルGの
責任できみのせいではない。──気にしないように」
はい、と答えつつ気は重い。
おそらく、これら一連の行為は諸各国の体裁の問題な
のだろう。
体裁のために会長を暗殺できないとわかっていても狙
撃をし、体裁のために犠牲になるとわかっていてグロー
バルGはSPをつけた。そしてここまで派手な狙撃。す
でに諸各国へ伝わっているだろう。
この狙撃事件が伝わることにこそ、複数の政府の思惑
があった。
どこがなんのために。
それは私が考える事柄ではない。
考え出したらきりがない。考え抜いてどうにかできる
ことでもない。それでも上司の指示を断れずSPとなっ
た三人が死亡した。私はそれを、その気になれば助けら
れた命を救わなかった。それもまた、事実だ。
そうだ、と不意に会長が明るい声を出した。
「今度からこういう事態があったら、わたしに覆いかぶ
さってくれないか?」
は? と首をかしげる。そんなことをしなくても会長
は自分でなんとかできる。むしろ危機に面した私を助け
てくれるほどだ。
「どうにも世界はポーズを求めているようだからね。き
みが無敵できみがいるからわたしは大丈夫だと世間に伝
えよう。そうすればきみだって、ほかの依頼は手一杯で
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無理だというポーズになるよ」
「──今さらでは?」
「ははは。まったくだ。でもやらないよりいい。手間が
はぶける」
承知しました、と答えつつ、会長に気遣ってもらった
ことを感じた。喜びかけて、我に返る。
それは──。
今まで以上にグローバルGでの私の存在が重くなると
いうことでは? それこそ一挙一動に気を配る必要が出
ると言うことで。唇を噛みしめかけて、これまた顔を跳
ね上げる。
レフトからリンクがあった。額に手を当てたい気持ち
になる。あれほど会長からこの件はグローバルGの仕事
だと言われていたのに。さらにはこれはただの茶番なの
に。
申し訳ありません、と私は会長へ声をかける。
「この狙撃事件に関して情報調査部長たちが動きました」
ああ……、と会長はスラックスに両手を入れる。
「すぐに止めさせます。少々時間を」
その私の声を会長はきっぱりと遮った。
「いいよ。やらせよう。それもまた、面白い」
……え──。リンク先のレフトの頬も私同様に引きつ
ったのが伝わった。