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◇◆試し読み◆◇
どうしてこうなった──。
岩井クンは涙目で菜めしおにぎりをにぎりつつ、同時
に鬼まんじゅうを蒸し器にかける。どっちも量が多いの
で二時間以上の作業である。
「そりゃ、バイト代はたっぷりもらってるし。愛知より
は高いけど札幌でもサツマイモ売ってるけどさ」
なんで、ぼくが、こんな作業を。
抑揚をつけておにぎりをにぎらないとやっていられな
いくらいの量である。祥子センセに加えてシュワちゃん
の分とくると、どっちもいままでの二倍である。
「それを黙ってモモちゃんさんが見てたら、食べてもら
わないと悪いじゃんか」
さらには業者のような荷物の多さに目を見張った秋吉
が「おれも食いたい」と目をキラキラさせたから、作っ
ても作っても足りない状態である。
学食で秋吉が騒ぐので生協のおばちゃんがやって来て
「わたしにも作り方教えてくれる?」と耳打ちしてきた
ほどであった。
おばあちゃん直伝のおやつが役に立つのはうれしい。
おいしいといってもらえたら胸がぽかぽかとあったか
くなる。
だけど──。だけどっ。
「おかげでぼくは毎朝五時起きだよっ。そんなアパート
暮らしの大学生いねぇよ。どんな仕出しのバイトだよっ」
ふんがー、と岩井クンは三巡目の鬼まんじゅうを蒸し
器にかける。
焦りはほかにもあった。
NAS蓄電池だ。
やっと構造がわかりかけてきて、それこそ研究室に泊
まり込みで作業を進めたいところなのに、研究室に蒸し
器はないから戻らねばならず。……おかげで睡眠時間を
ちゃんと確保できているけど。
そんな岩井クンに「そうだ」と祥子センセは菜めしお
にぎりをほおばりつつ告げた。
「岩井クン、シュワちゃんのお世話係してみ? 英語の
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勉強になるよ?」
へ、と固まる岩井クンにシュワちゃんが驚いた顔をす
る。
「(タツキは英語が話せなかったのか?)」
「(そうなんだよ。今後のことを考えると英語どころか
フランス語とドイツ語とフィンランド語あたりも使える
ようになってもらいたいトコなのに。シュワちゃん、よ
ろしく)」
シュワちゃんは力強くうなずく。
ちなみにカッコ内は英会話である。
だがしかし岩井クンは知っていた。
祥子センセはシュワちゃんがじーっと作業を見ている
のがうっとうしくてたまらなかったことを。熟考の末に
入力しようとしたところをシュワちゃんが話しかけて、
「ああもうっ」という顔をしているのをなんど見たこと
か。
体よくシュワちゃんを追っ払うために学生教育をもち
出すなんて汚いぞ。ぼくだってNAS蓄電池を作る時間
を削っておやつを作らされているんだ。
声高に訴えようとしたものの、遅かった。
「(タツキはこれを作ろうとしているのか?)」
シュワちゃんは岩井クンの作りかけのデモNAS蓄電
池を手にとる。あ、それは、と手を伸ばす岩井クンへシ
ュワちゃんはきっぱりとこれまた告げた。
「(この接続が間違っている。これでは蓄電できない)」
え、と身を乗り出したのが運のつき。
図面だけ渡して放置の祥子センセの代わりに、英語で
あろうが教えてくれる人物がいようとは。不覚にも岩井
クンは感動して「な、なら、ここはどうですかね。イッ
ト ディス? ザット? えっと緑色の配線、グリーン
ワイヤー?」と怪しげな会話を繰り広げることとなった。
NAS蓄電池の完成のためである。
なりふり構っていられない。
岩井クンは必死にゼスチャー交えて能ミソの中にある
英単語を駆使しシュワちゃんと対峙した。対話ではない。
まさしく戦い。対峙であった。
そんな岩井クンにシュワちゃんも適当に受け流すので
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はなく懇切丁寧に接してくれた。
日常会話はわからない。
けれどぼくたちには蓄電池という共通アイテムがある。
これを介せば話が見える。
教授の生活や風習は知らないけど、蓄電池の構造なら
わかる。
わかるぞー。
ありがとう、蓄電池っ。
岩井クンは日になんども胸の中でさけんだ。
そんなこんなで数日が経過し、岩井クンは午前の授業
が終わるとすぐさま学食へ向かった。さっさと食べて研
究室へいきたかった。
まさに教職員も昼休みの時間帯。丼物コーナーやレジ
だけでなく、無料のうすーいお茶をカップにつぐにも列
ができている。それでも長丁場にそなえて力をつけねば。
岩井クンは意気込んで豚丼《ぶたどん》にギョーザ黒酢
野菜あんかけにオクラのお浸し小鉢をトレーに乗せて列
に並んだ。
「うほっ。エリート研究室のヤツは食うもんが違うねえ」
どこから来たのか秋吉であった。
「おれの分のお茶も頼むわー。席とってくるからさー」
秋吉はすたすたと人ごみへ入っていく。ぼくのトレー
のどこへふたつも湯飲みをおけと? 岩井クンがぷりぷ
りしながらなんとかうすーいお茶をそそいで秋吉のもと
へいくと、秋吉はすでに窓際の席でラーメンをすすって
いた。
「少しは待ってろよ。それに、それ海老だし味噌ラーメ
ンじゃん。しかも大盛り? おれより高いじゃんか。ど
の口で食うもんが違うって? プラス大福デザート?」
「いいだろー。十勝産のつぶあんぎっしりらしいぜ?
最後の一皿だった」
ふーん、と岩井クンは席に座る。
まあ大福はうらやましくもなんともない。
岩井クンは祥子センセのおじいちゃんの大福を味わい
済みである。あれに勝る大福はない。なぜか誇らしげな
気持ちで豚丼にオクラをぶっかけて、わしわしとかき込
もうとした──そのときであった。
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「(オクラはそうやって食べるものだったのか? いろ
どりがよかったから合わせてみたのだが。失敗か?)」
岩井クンは咳き込む。
シュワちゃんが岩井クンの背後に立っていた。トレー
をもっている。言葉どおり、オクラのお浸しと鶏とレン
コンの天ぷらそばだ。
……渋い。渋すぎるっていうか、教授、コレ食べられ
るのか?
怪訝な顔をする岩井クンに秋吉が「誰?」と小声でた
ずねた。
ああそうか。秋吉は顔までは知らないのか。
「この人がストロング・シュワルツネッガー教授。(あ、
教授、よかったら隣にどうぞ)。秋吉、カバンどけろよ」
シュワちゃんが岩井クンの隣へ座って秋吉の大福をじ
っと見た。ん? と岩井クンが首をかしげたのと、秋吉
がラーメンにむせるのが同時だった。
「大丈夫かよ」
「げほげぼ、す」
「す?」
「ストロング・シュワルッツネッガー教授っ?」
秋吉がさけんで立ちあがった。
つかのま食堂の喧噪がやむ。教員も学生も業者も秋吉
……というかシュワちゃんにふり返った。
あ。……そうか。しまった。
教授ってお忍びで北大へ来たんだっけか。
そう思ったときには遅かった。
操り人形のようにひとり、またひとりと立ちあがる。
ふらふらとシュワちゃんへ近づいた誰かが「エクスキュ
ーズ ミー?」と話しかける。シュワちゃんが、ん?
と顔をあげたのが合図となった。
わあっ、と興奮した面持ちで教員がシュワちゃんへつ
めかけた。つられた学生まで押しよせる。ひい、と岩井
クンは手で頭を隠し、シュワちゃんはなにかを声高にま
くしたてた。
「岩井クン」
ぐいと大きな手が岩井クンの腕をつかんだ。モモちゃ
んであった。
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「こっちへ来て。早く」
「き、教授は?」
「大丈夫だから」
なにがどう大丈夫なのだ。
わけがわからないまま岩井クンは必死で学食を脱出す
る。