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◇◆試し読み◆◇
ああもう、とユウはヤケクソに答える。
「まずは南極海。そっちをさっさとやって北大西洋に行
けばいいんでしょ? やるわよ。やりますよ。お仕事で
すから」
それでディーバにまた何か作ってもらうんだ、と意気
込むユウへ、『あ、ちょっと待って』とレインマンが遮
った。
「今度は何? さっき、カフェでレインマンに止められ
て、こんな目に遭っているんですがー」
『僕のせい? 遅かれ早かれユウの仕事が増えたとは思
うけどね。それにまた増えた』
「何が?」
『任務』
「はあ?」
『碓氷も本当に容赦がないね。ユウ、碓氷に何かした?
』
「どれかなあ」
『……どれだけやっているの。とにかくデータを送った
から見て』
データ?
首をかしげつつユウは操縦モニターの右側サイドモニ
ターのパネルをタップした。わらわらとモニターに数字
が表示していく。黒地に緑色の数字の羅列だ。
「何これ。何この量」
『マースさんがいないからねえ。ほかの修繕部員に割り
振っているみたい』
「部長っ、今までひとりでどれだけ任務をこなしていた
のっ」
『さすが伝説の英雄になり過ぎて部隊にいられなくなっ
てウチに来ただけのことはあるよね』
「他人事みたいに言わないで」
『わかっている。最後までちゃんと付き合うよ。ユウと
一緒なら楽しいくらいだ』
なんですって? 最後まで? それは……。
「あたしはずっとレインマンに見張られるってこと?」
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『ここは喜んで欲しいところなんだけどな』
レインマンは苦笑する。
『それに修繕部員が情報調査部員とペアを組んで任務に
当たるのはよくあることだよ。効率もよくなる。ユウは
措置任務に専念できるんだから』
「あたしはひとりで任務をやりたい派なんだけど」
そのときだ。
機内の回線から碓氷の怒鳴り声が聞こえた。
『ごちゃごちゃ文句ばっかり言ってんじゃない。わたし
の采配が気に入らないと? そう言いたいのか?』
「滅相もありません」
ユウは慌てて答える。碓氷に反論したらもっと仕事が
増える。
『さっさとデータを見ろ。そしてメールも見ろ』
メール?
操縦モニターに送信されてきたメールを開いて、ユウ
は思わず「ひっ」と声を上げた。
案件名と案件数、そしてその緊急度合がつらつらと書
いてあった。その数……千件は下らない。この件数を碓
氷がわざわざコールして急かすということは。
『それ、末尾にも記載したが、七十二時間以内に措置完
了しないと倍もしくはその二乗の案件数に跳ね上がると
フォックスがシミュレーションを出した』
「二乗っ。どんな計算っ」
『マースがいればさっさと終わる案件ばっかなんだが。
いないものはしょうがない。やれ』
「部長、どれだけ任務が好きだったのっ。そしてどんな
機動力っ」
『安心しろ。お前らにそこまでの機動力は求めてない。
というか無理だ。アイツが特別というか変態なだけだ』
部長……、とユウは拳を震わせる。
『泣くな。なんのためにレインマンをつけたと思ってい
るんだ。ちゃんとダウジングスキルで見つけた情報も伝
えろよ』
ああ、そっちもあったかー。
『それからくれぐれも環境干渉域二%を超えるなよ。レ
インマン、ユウの手綱《たづな》をしっかりな』
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「あたしは馬?」
『じゃじゃ馬だろうが。自覚がないのか? じゃあな』
ぶつりと回線が切れる。
意識が白くなる──。
千件を超える任務数。
期限は七十二時間。
しかもダウジングスキルでいろいろ調査しつつ?
かつ環境干渉域二%を超えないようにやれ?
そしてお目付け役のレインマンがいる?
ユウは叫ぶ。
「無理無理無理無理っ」
ユウ、とレインマンが柔らかく声をかけた。
『僕は君のお目付け役なんかじゃないよ。君のパートナ
ーだ』
「その言い方、なんかいやらしい」
『どうせだったら部長がよかった? だけど部長が君の
サポートについたら、君は過労で死んじゃうよ?』
「ロストさんがあたしのサポートだなんて、そんな恐れ
多いこと思いもしなかったわよ」
『部長のそばにいたかったっていうのなら僕も同じだよ
』
「ライバルだって言いたいの? ごめんなさいねー。間
抜けな女が邪魔をしてー」
ははは、とレインマンは笑う。
『ユウが早く失恋できるといいのにな』
はあっ? とユウは声を裏返す。