abstract

お仕事系短編ミステリー。
全社員から『カミサマ』と慕われる会長。その補佐をする私は、会長から『アオイ』なる人物の『ビジョン』を受ける。『アオイ』は何を起こす? 起きたらどうなる? 事件回避もしくは発生後の措置準備を進める中、狙撃を受けたり、報復措置を出したり止めたり、私の日常はせわしく動く。ひょっとして、これがハードボイルドというやつか?

about

【RWMシリーズ関連性】
『油田開発再燃問題』『エネルギーと雇用の問題』(『オトメな彼のオイル事件』)直後から次の『暴走温室効果危機』までのあいだの物語。RWM創立前から奮闘していた会長補佐の二人に焦点を当てたものである。
【原稿用紙換算枚数】126枚
【読了目安時間】1時間
2017/11/24 配信開始

contents

第1話 どこにいるのかはわかる。ただ追いつけない。
第2話 まだ起きていない物事に対処はできない。
第3話 未来は誰に対しても未知だ。
第4話 正論ばかり吐かないでください。
第5話 絶対にきみを守る。死なせない。だから──ウチへ来なさい。

試し読み

◇◆試し読み◆◇

 だから、と会長が苦笑していた。
「いつも言っているだろう? 余計な犠牲者を出すだけだよ」
 わかっている、とこれまたグローバルGの総帥が応じる。
「それでもこれもいつも言っていることだがわかってくれ。体面がある。君が狙撃されそうとの情報があって放っておくわけにはいかないだろう?」
 気楽な口調でやりとりをする会長と総帥。
 それを私は脇に立って黙って聞いていた。
 狙撃情報は私が流したのではなく、執務室へ到着した時点ですでに総帥が会長へ告げていた。二人が気楽な口調で話すのは執務室の中という理由だけではない。お互い気心知れた仲、それこそ幼馴染だというのは我社の社員なら誰もが知っていることだ。
 だからこそ会長は総帥の依頼を無暗に断れないし、総帥も会長の決断に反発することはできない。
『ならほかにどうすればいいんだい?』
 そう会長に言われたら総帥は黙るしかない。たとえそれが無茶な要求であろうとも、会長が口にしたのなら実行する必要がある。そうしないと取り返しがつかない。取り返しがつかなくなったからこそ、我社が設立したのだ。
 ライト、と会長が呼んだ。
「そういうわけだからここを出るまでセキュリティポリスが三人つく」
 そこまで言われてようやく私は把握した。
 私が呼ばれたのは、そのSP《セキュリティポリス》に加わるためか。つまり会長ははじめから狙撃を知っていたと?
 なるほど、と胸でうなる。私など執務室へ近づくにつれて気づいたくらいなのに。己の未熟さを痛感しなら、すると? と思いを巡らす。狙撃元は途中ですれ違いそうになった?
 これまた、ライト、と声がかかる。
「相手は特定しなくていい」
 おい、と総帥が会長の肩を引く。
「いちいち相手にしている時間はないんだよ。SPの件はしょうがない。受け入れる。だけど、それだけだ。いいね」
 総帥は苦々しげな顔になる。会長は、やれやれ、と肩をすくめる。
「だからそれはきみの仕事であってわたしの仕事じゃないだろう?」
 あ、という顔つきをする総帥に「ウチは環境コンサルなんだよ。あまり政治問題に巻き込まないでくれ」と会長は柔らかい声を出した。総帥は小さくうなずく。
 ──こういう二人のやり取りを見ているのが好きだ。
 この二人で世界が守られていると胸が熱くなる。会長がどれだけ総帥を信頼しているか、それも伝わってくる。この総帥がいるからこそ、会長は世界を掌握せずに、もしくは破壊せずにすんでいるのだろう。
 総帥執務室の控室にその三人のSPは待機していた。
 執務室から出た会長にSPはそろって姿勢を正す。三人ともがっしりとした体格でダーク色のスーツに身を包み、サングラスをつけていた。隙のない身のこなしで身体中からやる気と気迫をみなぎらせていた。
 会長は彼らを一瞥《いちべつ》する。そして冷ややかな声を出す。
「自分の身は自分で守るように」
 三人が動揺するのがわかった。精鋭のSPだ。守るべき相手から身を案じられるとは思ってもみなかったのだろう。それでもよく教育されているらしく、彼らはすぐに会長と私の後ろに続いた。ひとりは会長の前に出て先導するかたちをとる。
 会長は小さく首を振る。
 こういうのが嫌なんだよね。
 そういう胸のうちが聞こえてくるようだ。私も同じ気持ちだった。
 前方を塞がれては自由に動くことができない。彼らにしたがわざるをえない。振り切ることはできるけれども、会長は小競り合いを極力避けていた。ひと目にもつく。
 いくつかのフロアを抜けてやや広めのホールへと出る。会長の歩幅が微かに狭くなった。気づいたのは私くらいだろう。気を引きしめ前方を見る。螺旋階段があった。舌打ちしたい気分になる。狙撃にはもってこいの地点ではないか。
 この三人は実は狙撃先の人間ではないのか? そう勘繰りたいくらいだが、そんな人材を総帥が付けるわけがない。会長がいなくなって誰よりも困るのは総帥だ。
 もっとも、階段のないルートなどないし、狙撃に適した場所などいくらでもある。狭い路地を選んだとしても狙撃方法などいくらでもある。彼らを責めることはできない。
 どう出てくる?
 狙撃に備えて私が姿勢を低くした瞬間だ。
 爆発音とともに煙幕が視界を遮った。銃声が響き、爆発が続く。狙撃というより爆破だ。いくらなんでもやりすぎだろう。ここは世界の諸連邦を束ねるグローバルGの本部内部なのだ。
 おおよそ予想がついていた狙撃相手。派手好きなあの政府。どう言い逃れをするつもりだ?
   そう思って煙幕が晴れるのを待つ。かすかに切れた煙幕の隙間から私は小銃で狙撃先に発砲した。狙撃が始まった瞬間にカウントしておいた。
 相手は八人。
 その八人かっきりに一発ずつ発砲する。急所をはずした場所、そしてしばらくは動けない場所だ。
 我社の規約に殺人に至る行為の禁止があった。いくら会長補佐であろうとも率先して破るわけにはいかない。
 煙幕が晴れるとフロアに立っているのは私と会長だけだった。SPは三人とも即死に近い状態で絶命していた。フロアの床材はめくれ上がり壁は崩れ階段は崩壊していた。
「やれやれ」
 と会長がスーツの埃を払う。
「──だから言ったのに。無駄な犠牲を出してしまったよ」
 あ、と私は会長へ顔を向ける。
「私は彼らを助けるべきでしたか? まったく思いつきもしませんでした。申し訳──」
「いやいい。彼らを助けたら彼らのSPとしての立場がないし、それにこれからも何かあったらきみが助けてくれると期待をする。すなわち──きみの仕事が増える」
 冗談ではない。
 今でも手一杯どころか、間に合っていない状況だ。
「だから、今のきみの判断は正しかったよ。わたしは彼にSPを断った。さらにはSPの三人には『自分の身は自分で守るように』と警告もした」
 あれは──そういうポーズだったのか。
「これは断ったのに勝手にSPをつけたグローバルGの責任できみのせいではない。──気にしないように」
 はい、と答えつつ気は重い。
 おそらく、これら一連の行為は諸各国の体裁の問題なのだろう。
 体裁のために会長を暗殺できないとわかっていても狙撃をし、体裁のために犠牲になるとわかっていてグローバルGはSPをつけた。そしてここまで派手な狙撃。すでに諸各国へ伝わっているだろう。
 この狙撃事件が伝わることにこそ、複数の政府の思惑があった。
 どこがなんのために。
 それは私が考える事柄ではない。
 考え出したらきりがない。考え抜いてどうにかできることでもない。それでも上司の指示を断れずSPとなった三人が死亡した。私はそれを、その気になれば助けられた命を救わなかった。それもまた、事実だ。
 そうだ、と不意に会長が明るい声を出した。
「今度からこういう事態があったら、わたしに覆いかぶさってくれないか?」
 は? と首をかしげる。そんなことをしなくても会長は自分でなんとかできる。むしろ危機に面した私を助けてくれるほどだ。
「どうにも世界はポーズを求めているようだからね。きみが無敵できみがいるからわたしは大丈夫だと世間に伝えよう。そうすればきみだって、ほかの依頼は手一杯で無理だというポーズになるよ」
「──今さらでは?」
「ははは。まったくだ。でもやらないよりいい。手間がはぶける」
 承知しました、と答えつつ、会長に気遣ってもらったことを感じた。喜びかけて、我に返る。
 それは──。
 今まで以上にグローバルGでの私の存在が重くなるということでは? それこそ一挙一動に気を配る必要が出ると言うことで。唇を噛みしめかけて、これまた顔を跳ね上げる。
 レフトからリンクがあった。額に手を当てたい気持ちになる。あれほど会長からこの件はグローバルGの仕事だと言われていたのに。さらにはこれはただの茶番なのに。
 申し訳ありません、と私は会長へ声をかける。
「この狙撃事件に関して情報調査部長たちが動きました」
 ああ……、と会長はスラックスに両手を入れる。
「すぐに止めさせます。少々時間を」
 その私の声を会長はきっぱりと遮った。
「いいよ。やらせよう。それもまた、面白い」
 ……え──。リンク先のレフトの頬も私同様に引きつったのが伝わった。

(続きは、本編で)

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