長編お仕事系ミステリー。 刃のごときの仕事をする青年・ツルギはカフェに戻ると恋バナ大好きオトメな彼。そんな彼をいつも茶化す謎の同僚。恋する相手とともに彼の謎を探るものの、謎は深まる一方で。さらに新人は天然でポカをするし。しかも原油流出が止まらない? どういうこと? 再エネと化石燃料エネ? 雇用問題って? うーんと、おれはどうすれば? 環境コンサルを舞台に恋するオトメな彼の奮闘記。
第1話 お前、俺に憧れていたんじゃなかったのかよ 第2話 オトメなのは喜ばしきことかな 第3話 最重要危険物輸送中ってちょっと待ってっ 第4話 さらば、愛しのポテチよ 第5話 自由人の覚悟は世間の常識をふきとばす
◇◆試し読み◆◇ へ、とツルギは慌てる。ち、違うよ、と激しく両手を振った。 「ディーバとはただの恋バナ相手なだけで、それに彼女にはカッコイイ彼氏さんがいて」 必死でまくしたてるツルギに、ごめんごめん、わかってる、とギアが目尻に涙をためて笑った。 「──ツルギ、彼女の彼氏に会ったことある?」 これまたギョッとする。彼女の彼氏は修繕部員の中で部長とはまた異なる伝説の英雄じみた人だ。話題にするのもはばかられるほどである。知らず知らず、ギア相手でも慎重な声になる。 「……一度だけ」 「私も一度だけ。うん──凄いよね。半端ないオーラっていうか、カリスマ性っていうか。なんていうか、あの人と付き合えるディーバが凄いって思った」 ツルギは大きくうなずく。まさにそのとおりだ。 「その恋バナに付き合っているツルギも、割と凄いなって私は思っているんだけどね」 へ、え? とツルギが目をしばたたいたときであった。 これまた前振りもなくいきなりイヤーモバイルからコールがあったと思ったら、眼前をライトで照らされてバギーがツルギたちに横付けされた。 ああそうか。十五分がたったのか。 ツルギはイヤーモバイルをタップする。声ではなく舌打ちが聞こえた。碓氷である。 『時間だからモノクロを迎えに行け……って言おうとしたところだったが。あのアホ垂れ、ギリギリまで粘って戻りきったか』 残念ながら、と答えてツルギはバギーを見た。乱れた髪を直しつつ、澄ました顔つきでモノクロがバギーから降りて近よってくる。ギアが「あんた、勝手に使ったっぽいバギー、ちゃんともとの場所に戻してきなよ」と怒っていた。 「それより」 とモノクロはツルギに顔を向けた。 「さっき露天掘り現場の事務所みたいなところで公爵を見ました。放っておいていいんですか」 「え? あー、今回の案件措置のことを伝えに行ったのかな?」 「険悪な雰囲気の中で公爵はポテチをかじっていましたが」 はあ? と声を裏返す。じゃあ止めろよ、とツルギと碓氷の声が重なる。 「俺はその先の露天掘り表層のオイルサンド濃度が知りたかったので。あと数メートル掘れば掘削できそうです。だからこそ経営側が人手を欲しがったようですね」 『で、公爵は何をしていた』 と碓氷がイヤーモバイルから聞いてくる。 「どうしておれに聞くの。おれじゃなくてモノクロに言ってよ」 『アイツは全然話を聞かない。フォローはお前がするしかないだろうが』 言い返そうとして首を振る。無駄だ。おれの代わりといえばギアさんだけど、ギアさんがモノクロをフォローできるわけがないし。しょうがないなあ。 モノクロ、とツルギは声をかける。 「公爵はひとりじゃなかったんだよね。険悪そうって現場監督と向き合っていたってコト?」 「囲まれていました」 え、と眉が歪む。 「そのあと、事務所へ人が駆けつけていたようです」 え、え? とさらに眉が歪む。ああ、と声を出しながらモノクロは手持ちの小型デバイスにパネル入力をする。 「あれは──どうやらここの経営者のようですね。んー。ですが関係のなさそうな人物もいますね。政府筋らしいです。それ以上は俺のデバイスでは追えません」 碓氷が怒鳴った。 『追えっ』 「何を」 『公爵に決まっているだろうが。あのアホ垂れがー。あれほど自重しろといったのに』 「……念のために言うと、公爵だって二年間訓練をクリアしているんだから、彼の身を案じる必要はないと思うけど?」 『当たり前だ。ヤツの身なんか案じていないわー』 「なら何を」 『いいから行けや。行けばわかるわー』 そう怒鳴られてツルギはポニーテールの髪をたなびかせてモノクロの使っていたバギーに飛び乗る。あ、ちょっと、とモノクロが咄嗟にバギーにつかまり、ギアは軽々とバギーの屋根に飛び乗った。 モノクロが「このバギーに三人は無理です」と声を荒げる。 「いいから公爵はどこにいたって? 場所を教えて」 運転するツルギにモノクロは、ああもう、と吐き捨てて、「もう少し東側です。あの一番灯りが強いところです」と指さした。 そして碓氷の言葉の意味を理解する。 モノクロがナビしてついた先、そこでは──。 黒光りする頑丈そうな乗用車が十数台も並んでいた。明らかに雇用者用とは思えない。公爵の出現に慌てた経営者が駆けつけたか。さらにはそれ以上もだ、と瞬時にツルギは判断する。伊達にNATOで暴れていたわけではない。 黒光りする乗用車に紛れて、いや、その半数以上がカナダ自治体の公用車と軍部の諜報筋の関係者の車両があった。防弾ガラスどころではない装備がありそうだ。 碓氷が、自重しろ、と公爵に繰り返したのもわかる。 こんなところで白兵戦じみたことなどやりたくない。 オイルサンド現場だからではなく──こんなにまわりに子どもがたくさんいるのに、である。あの人のいい中年女性だっていた。嫌々働かされている彼らの父親たちだっている。巻き込みたくない。 バギーを運転しながらツルギは碓氷に低い声を出す。 「公爵には碓氷が強く言うっていっていたよね。それでも公爵はひかなかった。その彼をどうすればいいの」 『走れ』 はい? と首をかしげたところで、これまたその意味がわかった。 公爵の姿が見えた。 なぜか公爵は事務所の屋根にいた。そこで朗々と何か講釈をしている。しかも片手にはいつもどおりにポテチ。舞台俳優のように胸を張ってポーズを作り語り続けている。 ……なんであの人、わざわざ事務所の屋根に上っているの? 映画のワンシーンごっこ? で? ポテチ? ここでもポテチ? どんだけポテチだよ。しかもなんだかいつもに増して食べる速さが増してない? さらには、その公爵と事務所を取り囲むように人の輪ができていた。彼の言葉に聞き入っているわけではなさそうだ。誰もが険悪な雰囲気……というより殺気すら放っている。 モノクロがイヤーモバイルをタップしながらぼそりとつぶやく。 「『再生可能エネルギーと化石燃料エネルギーのバランスについて』」 「なんだって?」 とツルギは聞き返す。 「公爵の講釈内容です」 はあっ? とツルギとギアは声を裏返す。化石燃料エネルギー現場のど真中で、それをうっとりと語っている? 何を考えているの、あの人。あおってどうすんのっ。 ツルギが涙目になったときであった。 嫌な予感がしてツルギは顔を上げる。 「ギアさんっ。早まらないでっ」 ──遅かった。 ギアは彼らに向かって古めかしくも懐かしいパイナップル型の催涙弾を放り投げていた。 (続きは、本編で)