南しらイラスト ( yorutuki )

ミスター・エンペラー

購入特典グッズ・しおり

白瀬 湊

南極からのしらせ

刊行3thポストカード

ミスター・エンペラーたち

abstract

長編SFサスペンス。
白瀬矗(のぶ)の子孫の青年、白瀬湊(みなと)。大学院生の彼のもとにメールが届いた。なんと南極から。しかも送信者はコウテイペンギン!? そして知らされたのは太陽の異常活動と地球の気温が10度以上、上昇する事実。このままでは世界の滅亡だ。湊とともに事態阻止に動いたのは湊の先輩の惇也、そして彼の内定先企業RWMの面々。湊は地球を救えるか? そして「人類最後の交渉人」の意味とは!?

about

【RWMシリーズ関連性】
『氷の12月』事件から4年後。半年前に起きた『ペンギン大量死事件』で実はミスター・エンペラーは内心、大変、ご立腹である。それにも関わらず、湊と接触してくれた。オーシャン・スマイル社とサン・スマイル社は同じオセアニア連邦の企業・スマイルグループ。
(『南緯30度氷床問題』)
【原稿用紙換算枚数】420枚
【読了目安時間】4時間
2015/7/27 単行本、刊行。全国書店およびデジタル書店にて販売中

contents

第1章 そろそろメールしてもいいかなと思って
第2章 ほんじゃあ氷床を増やしましょうか
第3章 大義名分って大事だよね
第4章 はずすために羽目がある
第5章 君に会えて本当によかった
※yorutukiのイメージイラスト各種あります。illusutrationyorutukiイラストギャラリーもどうぞ。

試し読み

◇◆試し読み◆◇

 それとは別にコール音がした。ボブのイヤーモバイルだった。あいよ、とコールに出たボブの声が、はあぁっ、と裏返る。
「何を言ってんだよ、おめえはよお。それをモバイル越しに伝えんのかよっ。機密レベル5だろうがよおっ。……そりゃおめえ、オレはここにいて本社にゃ戻れねえけど、ざけんなよっ」
 例によってボブのモバイル越しに相手の謝る声が漏れ聞こえる。
「名目はどうすんだよ。ウチはテロリストじゃねえだろ? んなこたわかってんだよ。あ? グローバルGが? じゃあ、そいつらにやらせりゃいいだろ?」
 叫びつつボブが小型デバイスを成瀬に指さした。成瀬はそれを極薄モニターに投影させる。会話の内容が表示された。
 ──氷床妨害企業に対し、なるべく損傷を少なく操業不能に陥らせよ、とあった。
 ひゃひゃひゃとマッドが笑い声を上げる。
「丸投げにもほどがありますね。冗談じゃない。これのどこが地球環境コンサルタント業務なんですかねえ」
 まあ? と両手を軽く広げる。
「どうしようもなかった、というかたちにすれば、チサトさんのストレスも軽減するというものでしょうがね」
『わかった。やります』
 チサトが即答した。ちょい待てやー、とボブが叫ぶ。
 ミナトの背後でふっと空気が軽くなった。
 嫌な予感がして振り返る。
 ミスター・エンペラーがいなかった。
 慌てて辺りを見回すとミスター・エンペラーは巨大淡水湖の水際にいた。
「ミスター・エンペラーっ」
 叫びつつ湊は駆け寄った。ミスター・エンペラーがゆっくり湊に嘴を向ける。
「ぼくは……主義を曲げてまで情報を伝えたよ? それでもまだ悠長なことを言うんだね」
 もうつき合い切れないよ。
 ぶるりとミスター・エンペラーは首を振り、そして両方のフリッパーを宙高く上げた。

      4

 ぺしん、という音が高く長く巨大淡水湖のある空間に鳴り響いた。
 やがて地響きが起きた。最初は細かく次第に大きくなる。巨大淡水湖の水も大きく波打ち始めた。
 湊は忙しく周囲に視線を巡らす。
「何をしたの?」
「もういいやって思ってね。ぼくはぼくで世界を守るよ」
 ちょっと待って、と湊はミスター・エンペラーのフリッパーを両手で掴んだ。ミスター・エンペラーは答えない。
 お願いだからっ、と湊は叫ぶ。
「せめて何をしたのか教えて」
 ミスター・エンペラーが真っ直ぐに湊の瞳を見た。それから巨大淡水湖に視線を移す。
「湊もさっき気づいたでしょ? 大義名分はある。湊もやろうとした。湊がやらないから、ぼくがやるだけだよ」
 え? 俺がやろうとした? 何を?
 湊は巨大淡水湖へ視線を向けた。ひやりとした気持ちが胸に広がる。……確かに何かをやろうとした。巨大淡水湖を見ていて頭の芯がきりきりと引き締まった。
 あのとき気持ちが自然に動いた。ただし身体は動いていなかった。
 俺は何をしようとしていたんだ?
 惇也が湊に駆け寄って腕を掴んだ。
「ミスター・エンペラーは何をしたの?」
「わかりません」
「ミスター・エンペラーに早く聞いて」
「聞いても答えてくれなくて。俺が知っているはずだって」
「じゃあ何をしたんだよ」
「わかんないんですってば」
「ならもう一度ちゃんと聞いてっ」
 惇也の手の力が強くなる。事態が切迫しているのが伝わった。なんの事態だ? 外か? 太陽か? それともこの空間か?
 惇也くん、とマッドが叫んでいた。極薄モニターが赤く点滅してアラーム表示が出ていた。同時に極薄モニターへ黒地に緑色ラインの地図が表示される。それが自動でサーモ表示に切り替わった。南極大陸周辺大気の温度表示だ。
 マッドのもとに駆け戻った惇也がうめく。
「ここロス棚氷を中心にロス海に向けて気温が上昇しています。このままだと小一時間でロス棚氷そのものが融けます」
 言いつつ惇也は湊に振り向いた。
「白瀬湊くんっ、頼むからもう一度聞いてっ。ミスター・エンペラーは何をしたのっ」
 ミスター・エンペラーっ、と湊もミスター・エンペラー背中を揺すった。
「せっかく作った氷床だよね。それを壊してどうするんだよ。氷床増やすんじゃなかったのっ」
「その氷床が増やせないから別の方法で世界を守るしかないでしょ」
「別の方法?」
 湊、とミスター・エンペラーは湊に顔を向けた。息をのむほど鋭い眼差しになっていた。
「覚悟っていうのはこういうことをいうんだよ。世界を守るためにはぼくだって犠牲を覚悟の上だよ。ロス棚氷で生活しているペンギンたちには逃げろって伝えてある。それでも間に合わないペンギンもいるかもしれない」
 けどね、とミスター・エンペラーは続ける。
「それでもより多くが助かるためにはやらなくちゃいけないことがあるんだ」
「……ロス棚氷を融かしてどうするつもり? そもそもどうやって融かして?」
 湊は視線を泳がした。……違う。何かが違う。ロス棚氷が融ける。それは合っている。けど、それは結果だ。巨大淡水湖に目が留まった。水際を凝視する。
「巨大淡水湖の水が……減ってる?」
 惇也が叫んだ。
「止めろっ」
 へ? え? と湊は振り返った。
「今すぐミスター・エンペラーを止めろっ。巨大淡水湖の水を放出するのをやめさせてっ」
「え? 放出? ミスター・エンペラーがそんなことをしている?」
「ただ融けるだけの話じゃない。ロス棚氷がなくなるどころの話じゃないよ。第二のヤンガードライアスが起きる」
 そうなったら、と惇也は苦々しげな顔をする。
「気温は確実に下がる」
 けど、と惇也は首を振った。
「もうこの世界は存続できないっ」

(続きは、本編で)

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