長編ファンタジー・ピュアラブ小説。TLボンボンショコラ文庫(デジタル)。 3歳のとき、カズさんが作ったマカロンを食べて可々雄は決意した。おれはパティシエになる! そしてみんなを幸せな気持ちにするんだ。大好きな遥かのためにも! そしてようやくカズのマカロンを再現できた高校生の可々雄の前に現れたのは、人ならぬ者たち。彼らは可々雄へ懇願する──世界をお救いくださいませ。おれが? どうやって?
【RWMシリーズ関連性+α】多少設定は異なるものの(版元がハーレクインなので)カズがまだ自宅にいたころから、そしてその子ども! である双子の彼方と遥、そして主人公である幼馴染の可々雄にまつわるファンタジーである。カズは次元を超えてこんなことをしていたのであった。カズ死亡説の謎解きは『カフェ・ド・カズ(いるかネットブックス)』へと続く。(『氷の12月』その後) 【原稿用紙換算枚数】336枚 【読了目安時間】4時間 2014/12 配信開始
◇◆試し読み◆◇ ホナミさんの眼差しは冷ややかだ。端的に言えば恐ろしく機嫌が悪そうだ。初対面なら間違いなく「お、お邪魔しました」と逃げ出すところだ。 可々雄は怯まない。 そもそもホナミさんの機嫌がいいところなど可々雄は見たことがない。 カズさんが生きていたときですらいつも機嫌が悪そうだった。 こういう人だと割り切っている。つねに機嫌が悪そうにしていてもなお、凛として透きとおった風情をたたえた整った顔つきの遥と彼方の母親で、ここ波保神社の権宮司だ。 そろそろ四十歳になるはずだが、カズさんが病死してから大して年を取っていないようにすら感じる容姿だった。すらりとした体型などそのままだ。さすがに二十代というには無理があるが――。 「なによ」 ホナミさんが可々雄の心を読んだように睨む。 「なんでもありません」 可々雄は歯を見せる。 ホナミさんの視線がマカロンへ動いた。遥と彼方の様子をちらりと見て、ふうん、と小さくうなずいている。 それからホナミさんは可々雄のマカロンに手をのばし、しげしげと眺めだした。 思わず可々雄は正座をする。 しつこいけれども、可々雄がマカロンを作りはじめて十四年。 可々雄はまだ一度もホナミさんから賞賛の言葉を得ていない。 ホナミさんはひとしきりマカロンを眺めると今度は丹念に匂いを嗅ぎはじめた。 匂いか……。 可々雄の鼓動が早まる。そいつは……指摘されても改善できないな。 ようやくホナミさんはマカロンを口へと運んだ。ひと口かじり、目を閉じる。ホナミさんの口元が小さく動く。生地の舌触りに生地の膨らんだ部分であるピエの滑らかさまでを調べるがごとく舌で味わっているのだろう。 可々雄は思わず息を詰める。 ――今日はどうジャッジされる? ひと月前みたいに容赦ない言葉で罵られるのか、それともふた月前みたいに嘲るような顔をされて無言で席を立っていくか。 そのホナミさんの頬がふっと緩んだ。 ホナミさんは残りのマカロンも口に入れる。 可々雄は目を見張った。 今までなかったことだ。 可々雄は腕を背中に回すとホナミさんに見られないように小さくガッツポーズを取った。 「カズの言っていたとおりね」 「へ?」 「可々雄くんには『努力を結果に結びつける力』があるわ」 「そりゃ、多かれ少なかれだれにでもあるのでは?」 「馬鹿を言わないで」 ぴしゃりとホナミさんは断言をした。 「世の中そんなに甘くないわ。努力した人間が全員、試験に合格できる? 努力だけで試合に勝てる?」 「う」 ホナミさんは遥が入れたほうじ茶で口をすすぐと真っ直ぐに可々雄に向き直った。 「いいでしょう」 「はい?」 「これなら依頼ができるわ」 「なにを?」 「千五百個。まさかひとつだけ入れるわけにもいかないから、2個でひとセットにしましょうか。千五百セットね」 ホナミさんは指で一と五を強調する。 「今月末にあるウチの例大祭で子どもに配る『おさがり』を作ってちょうだい。もちろんボランティアとは言わないわ。材料費も光熱費もひっくるめて可々雄くんの技術料込みの報酬を支払いましょう」 金額は――、と言いかけたホナミさんが呆れた声を出す。 「ちょっと聞いているの? 可々雄くん」 聞いていなかった。 やっとやっとやっと、やっと! ホナミさんに認めてもらえた! 可々雄は胸が熱くなり、両手を握って台所を飛び跳ねた。 「聞いたか? お前ら。ホナミさんが。ホナミさんがオレのマカロンを!」 可々雄は遥と彼方の手を取る。遥と彼方はなぜか呆然としたままで、抗うこともせずに可々雄に腕をつかまれた。可々雄はそのまま台所中を飛び回る。振動で揺れた茶碗や皿がぶつかりあう音がする。 それでも可々雄はかまわずに、右手に遥、左手に彼方の手をつかんで、三人で踊るように台所を動き回った。 ……長かった。ほんっとうっっーに長かった! 可々雄は涙目になる。 マカロンを作り続けた日々が思い出された。 カズさんが生きていた頃はカズさんの指導のもと、カズさんがいなくなってからは独学でカズさんから学んだことを思い出しながらマカロンを作り続けた。 あの『氷の十二月』があっても休むことはしなかった。 マカロン作りの命ともいえるマカロナージュ。 泡立てたメレンゲの泡をゴムべらででつぶしながら混ぜるこの作業に、どれほど手こずったことか。 あるときはメレンゲの固さが足りずに焼きあがったマカロンの表面にブツブツができてしまった。またあるときはマカロナージュが足りなくてザラっとした固い生地に焼きあがった。うまく焼けたと思った直後、表面にヒビが入ったことも数え切れない。 この原因がわからずもんもんと洋菓子の本を読み漁った。 五冊目の本に『卵白は割ってから二~三日おいたコシのないものを使うと上手に焼けます』という一文を見つけた。さらには『割ったばかりの卵白を使うと卵白のコシが強く、ふくらみすぎてヒビ割れます』という文章を続けて見つけて、可々雄は頭に両手を当てて身もだえたものだ。 オレずっと新鮮なほうがいいとばかり思って割りたての卵白使っていたじゃん! それでも表面がきれいに焼けたのは偶然だったのか! そんな苦労がやっと報われたのだ。 可々雄は、わははは、と声をあげつつ遥と彼方の手を取って踊り続ける。 「……わかったわ」 ホナミさんが低い声を出す。 「可々雄くん。明日もう一度ここに来なさい。そこで打ち合わせをしましょう。今日はもう帰って頭を冷やしなさい」 冷ややかに言い放ちホナミさんは可々雄に背中を向けた。可々雄は遥と彼方の手をつかんだまま「はいっ!」と元気よく返事をする。 「じゃあ、オレ帰るわ!」 ようやく可々雄は遥と彼方の手を離す。 二人は無言で可々雄から離れた。明らかに様子が変なのに、浮かれた可々雄は気づけない。「じゃあなー」と大きく手を振って、可々雄は帰路についた。 浮かれた足取りで帰宅するとクルミが「ご飯だよー」と声をかけた。 可々雄は「おうっ」と機嫌よく食卓につく。 「……なんかお兄ちゃん気持ち悪いよ? 遥さんとなにかあったの?」 「ん? なんだ? オレのエビフライが欲しいだと? しかたないなあ。ひとつだけだぞ」 「一番大きいのだよ、お兄ちゃん! どうしたのさ」 「今日のマカロンは今までで一番のデキだったものね。うふふ。むこうで絶賛されて舞い上がっているのよ、放っておきなさいクルミ」と母親が可々雄の前に味噌汁の椀を置いた。 なに、と父親が夕刊から顔をあげる。 「お前また平日に菓子を作っていたのか。まさか学校サボって作っていたんじゃないだろうな。勉強をしろ、勉強を」 「あはは。大丈夫っすよー。ちゃんと最後のショートホームルームまで受けたし、英語の小テストは満点だったから」 むぐう、と口をつぐむ父親に一泡吹かせたとも思わずに可々雄はふわふわした気分のまま味噌汁をすする。 そのままふわふわとした気持ちで風呂にも入り、ふわふわとした気持ちのまま布団に入った。 こんなにしあわせな気持ちのまま安らかな眠りにつく。これ以上のしあわせがあるだろうか。いや、ない。 むふむふと可々雄は頬を緩ませて布団を肩まで引き上げた。 * ――眠りはすぐにやってきた。 気づくと可々雄は真っ白い空間にいて、そして可々雄は「うおう」と飛びのいた。 白狩衣に白袴姿の一同、一千人ほどの一同が、可々雄へ一斉に土下座をしていた。 一同は一斉に声をあげる。 「可々雄さま。どうぞ、世界をお救いくださいませ」 「はいっ?」可々雄は裏返った声を出した。 (続きは、本編で)