長編サスペンス。 親友・チカの失踪と同時に発生したクレーター・ダウンバースト事件。事件は複雑に絡みつき、さらに過激さを増し世界中に犯行予告声明が出された。──人類滅亡計画を実行する──。それはただの予告ではなかった。事件の真意は別にあり、16年に渡る計画が実行されようとしている。世界中を巻き込んだ事件の中心にいたのは、ひとりの青年だった。総集編は分冊版を粉雪ダウンバースト』を大幅修正加筆した作品。
【RWMシリーズ関連性】RWM創立・前半から続く一連の大イベント。この事件の結末によって、制御できなくなったテロ組織『ドーンコーラス』の使用ソフトが悪用されて、地球全体の異常気象を招き、以降10カ月に渡る異常気象を発生させる。海やら海の弟として音色も登場。『終焉のソースヤキソバ』以降まで引っ張る重要エピソード。いわゆるCDB事件。 (『北空町事件』・『クレーター・ダウンバースト事件』) 【原稿用紙換算枚数】402枚 【読了目安時間】5時間 2016/5/12 総集編・配信開始 2015/1~5 分冊版・配信開始
◇◆試し読み◆◇ アオイは横目でチカの様子を確認して、雲原に向き直る。雲原はゆったりとした動きでアオイの背後に回り、アオイの両手首につけた拘束具を解いた。 「手荒なことをして申しわけありませんでしたね。時間の無駄を少しでも省きたかったもので。お仲間を呼ぶのも待っていただけますか? ……時間がないもので」 自由になった手をさすりつつ、アオイから距離を取った雲原へ顔を向けた。 「なんで大地町なんだよ。単に雪があるからじゃねえよな」 もちろん、と雲原はうなずく。 「──アレがあるからです」 雲原は窓の外を見た。吹雪しか見えない。吹雪いていなくても夜だ。外の様子はわからない。雲原は何も言わない。仕方なくアオイはイヤーモバイルをタップしてモニターを空中投影させる。赤外線カメラに切り替えた。建物が映った。至近距離だ。 「アレはなんだ?」 「『白い建物』です」 アオイは顔を跳ね上げる。馬鹿な、と声が喉からしぼり出た。雲原は顔を歪ませる。 「北空町がなくなったから、隣町の大地町に作る。政府の考えることは絶望的なまでにお粗末だ」 「こんなところに『白い建物』があるなんて聞いてない。それにアレが本物ならこの周囲一帯に立ち入り禁止措置がされているはずだ」 「軍事機密ですからね。地図に載せられるわけがありません。それに立ち入り禁止はされていましたよ。気づきませんでしたか?」 さすがに北空町の隣をいまさら町ごと閉鎖するわけにはいかなかったようですが、と雲原は肩をすくめる。 「我々はさっきちょっとそれを乗り越えて来ただけです。人騒がせな話です。君がせっかく壊してくれたのに、これでは意味がない」 アオイは近くのベンチに座り込んだ。 世間では──北空町事件は存在しないことになっている。犯人であるアオイも世間では存在しない。何しろ十六年前の事件だ。記憶に留めている人物はそういない。その数少ない人物が自分だと雲原が言うのなら、目的はやはり……。 「復讐か?」 「はい?」 「俺に復讐するためにこんな大掛かりなことをしているのか?」 雲原が目をしばたたいた。本気で驚いた顔つきだ。馬鹿なことを、と口元を緩ませる。 「復讐したいのならばとっくにしていますよ。事件から十六年が経過しているのです。それまでに君を始末する方法などいくらでもあった。そうでしょう?」 「じゃあ、なんで俺をここへ呼んだんだよ」 「その前にお礼を」 礼? とアオイは首をかしげた。 「あの町を、北空町を消し去って下さり、本当にありがとうございました。あれほどわたしたちが成し遂げたかったことを、そしてできなかったことを、君はやってのけた。感謝の言葉もありません」 「……わたし『たち』? ドーンコーラスはそんなに前からあったのか?」 雲原は首を振り、暖炉に顔を向けて両手を上げた。 「十六年前の北空町があったあのクレーター。あれは凄まじい衝撃でした。こんな方法があったのかと頭を殴られた気持ちになった。自分が今までいかに生ぬるいかを思い知らされた」 それからは夢中ですよ、と雲原は手をおろす。 「どうしたらあのクレーターを作れるか。そればかりを考えて生きて来ました。わたしの専門は気象学だ。そっち方面でなんとかできないかと思いついたのがダウンバーストです。幸い酸性雨は世界中にありましたから、そこからは簡単でした」 世界がわたしに味方をしている、そう思いましたね、と雲原は笑みを浮かべた。 アオイは額に手を当てた。 「復讐が目的じゃないなら、俺をどうしたいんだよ」 「君の力が必要です。手伝っていただけませんか?」 雲原が笑みを消してアオイの目を真っ直ぐに見つめて来た。アオイは額から手を離す。 「……放電のことか? 俺が加担すればクレーター・ダウンバーストの威力が増すとでもいうのかよ」 「そっちではありません」 アオイは鋭く目を細めた。そのアオイに雲原は繰り返した。 「そっちではありません」 疑いの余地もなく、アオイの真の力を知っている口振りだった。 雲原がアオイに向かって足を踏み出す。 「君だってこんな世界、ないほうがいいと思うでしょう? ……北空町を消した君ならわかるはずだ」 「俺に人類を浄化させようっていうのかよ。俺にはそんな理由はねえよ」 「本当にそうですか? 君は北空町を消した。北空町のアレはなくなった。アレにまつわる町民もいなくなった。君を虐げる者はいなくなった。けれどアレは世界中にまだあるんです。気づかない振りはいい加減にやめたほうがいい」 現にほら、と雲原は外を指さす。『白い建物』を指し示す。 「あそこにまだあります」 思わずアオイは拳を握る。 ──マッドの声が聞こえた気がした。 『雲原に踊らされているとは思わないのですか? どうしてそこまで素直に彼を信じることができるんです?』 まったくだ。どうして俺は雲原の言葉を信じる? 相手はテロリストだ。しかも俺によって親族一同皆殺しにされた。恨んでいないというその言葉、感謝しているというその態度、それをどうして俺は信じるんだ? そう自分をいさめるものの、どうしてだろう。アオイには雲原が嘘をついているとは思えなかった。大学で一度会っていたからという理由ではない。雲原が身体中から出す切迫感のせいだろうか。駆け引きなどしている場合ではないという覚悟のような空気のせいだろうか。それに加えて、なんなんだ? このほんのりとした懐かしさは。 雲原から漂って来る、雲原がまとっている、濃厚な匂い。 それが──わけもなく泣きたくなる匂いだった。 欠けた心の縁を無遠慮に満たそうとするその匂い。抗おうとするのに手が動かない。染み込んで来るその匂いに顔をしかめつつ、同時に渇望していたことに気づくのだ。渇望していたことすら知らなかったのに。 だからと言って、とアオイは腹に力を入れる。それが俺が人類浄化の手助けをする理由にはならない。アオイは目を閉じる。 いいでしょう、と雲原は肩をすくめた。 「自覚したくない、というのもまた君の意思だ。ですが、せっかく彼女を追ってここまで来たのです。わたしの話に乗ったほうが賢明ですよ」 「え」 アオイは目を開けチカを見た。そして駆け寄る。床に膝をついてチカに触れた。 冷たい。 脈はある。息もある。けれどやたらと体温が低かった。ただスタンガンに当てられて失神している状態ではない。そもそもスタンガンを撃たれたくらいなら、いくら免疫がなかったからとはいえそろそろ目を覚ましてもいい時間だ。 「……あんた、チカに何をした」 「ご心配なく。依存性のあるものではありません。睡眠薬と体温低下をうながす薬物です。そして彼女の眠りを覚ますアンプルはわたししか知らない。もちろんアンプルは早く投与するに越したことはない。あと三十分も放置すれば命の保障はできません」 (続きは、本編で)