連作短編ミステリ。 いよいよ2月。キジとともにヘリでレクの行脚を続ける岩井クン。タイムリミットは48時間。1地点の滞在時間は5分!? 無茶苦茶だよっ。だけどやらなくちゃだしっ。祥子センセに出会った10月からいままで。やらされてきた作業の意味はここにあった! そんななか岩井クンが見つけたのはカッコイイ大人でもなんでもなく──。 岩井クン受難の第5巻。
◇◆試し読み◆◇ #5 大活躍だよ、キッチンカーと勇者よわいモノ説 1 ああもうっ、とキジが声を荒げた。 「タツキさん、時間ですっ」 「あと一分、もう一分くださいっ」 岩井クンはキッチンカーの中からさけび返す。 ジャッと気持ちのいい音がフライパンから立ち、岩井クンは「ほっ」とかけ声をあげつつフライパンの柄を勢いよくふるった。チャーハンがふわりと宙を舞い、はらはらとフライパンへ着地する。 「ああいいねえー。口の中がキュッってなっちゃうよー」 屋台サイズのキッチンカー、その窓の外から岩井クンをのぞき込んで見ていた市長がほがらかな声を出す。周囲の強張った空気もこころなしか和んでいく。 けれど──地震は続いていた。 慣れたくはないけど、これがいわゆる地震慣れか。 震度4ほどなら気にせずに作業を進められる。 震度5強、ブロック塀が壊れ、固定していない家具が倒れるほどでも「揺れているから」はもう言い訳にはならない。 もっとも、と岩井クンは胸で苦笑する。 モモちゃんさんの指示で、キッチンカーの内部はすみずみまで地震対策がしてあった。棚はどこもかしこも固定やロックがしてあり、調理道具はIHクッキングヒーターだ。電源はキッチンカーの天井に設置されたソーラーパネルであった。火事の心配は無用である。 岩井クンの胸の内を読んだようにワイヤレス・イヤホン型のヘッドセットから野太い声が聞こえた。 モモちゃんであった。 『太陽光発電だけじゃないのよ。風力発電もできるの。祥子センセの考案よ。もちろん特許をとってあるヤツ。事前対策はそれくらいしか力を入れられなかったから』 だからって、と岩井クンは泣き笑いの顔になる。 「『キッチンカーの手配をする』って一台かと思っていました。それがまさか、ほぼぜんぶの現場にあるなんて」 『ついはりきっちゃったのよ。そもそも一台だけ置いてどうするの。この事態に対応できっこないでしょ』 オネエ言葉で進めるモモちゃん。元自衛隊一等陸佐で祥子センセ専属のSPの壮年の男性である。端的にいえば彼はゲイである。 さらにいえば……。 『アタシの岩井クンの気持ちが無になるようなコトさせられないし』 岩井クンは彼のお気に入りであった。 その部分はさらりと聞き流して岩井クンはチャーハンをしあげる。そのまま調理器具の取り扱いを隣で見ていた市役所職員へ手早く告げた。 「タツキさんっ」 しびれを切らしたキジが岩井クンの腕を引いた。 「タイムアウトです。藻茂先輩も茶々入れないでください」 『木慈―。あんたはまたそうやって調子に乗ってー』 『モモちゃんずるい。あたしだって岩井クンと話がしたいよっ』 祥子センセの声も聞こえた。もう誰がなにをしゃべっているのかわからない。 ふざけているのではないだろう。 こうして会話をしながらも二人は今ごろ北海道の岩内町で目まぐるしく活動しているはずだ。軽い会話は現場と向い合う岩井クンを気遣ってか。……祥子センセは素だろうけど、と岩井クンは胸でつけ加える。 塩野祥子特任准教授。 若干二十五歳にしてエネルギー業界では知る人ぞ知る存在。 美人で天才で天然の、二十四歳の岩井クンの指導教員であった。彼女に出会ったからこそ蓄電池に没頭することができ、今回の大災害にも現場で動き回ることができた。 うん。そうだよ。 巻き込まれたんじゃない。 これはラッキーなことだったんだ。 無理やり岩井クンは自分へいい聞かす。 そうじゃなかったら、こういうときこそ蓄電池だろうっ、となにもできずにいる自分をののしりたくなっていた。 キジに腕をつかまれたまま小走りでヘリへ向かい岩井クンは目視確認をする。 コンパクトNa・S蓄電池の使い方は十人近い職員へ伝えられた。 キッチンカーもちゃんと動いた。 あとは──。 あ、と顔をあげて「すみませんっ」とキジの手をふり払う。「またですかっ」と裏返ったキジの声を背中で聞きつつ、揺れ続ける地面を校庭の片隅までかけ抜ける。 目指すは小学生。子どもだけで五、六人集まっている彼ら。 どこの現場でも彼らはいて。 だからこそ──。 息を切らしてかけつけた岩井クンに子どもたちは不安げな顔を向けた。岩井クンは必死で笑顔を作る。彼らと目線を合わせ、その目に力を入れる。 「君たちにお願いがあるんだ」 「……お願い?」 「君たちじゃなくちゃできないミッションだよ」 へ? と子どもたちはそろって首をかしげ、岩井クンの話を聞いて。やがてそのどの瞳もいきいきと輝き出す。「うん」となんどもうなずく。「やろう。ぼくたちじゃなきゃできない」と頬をそめる。岩井クンもうなずき、だけど、と続けるのは忘れない。 「無茶はしないで。無理しなきゃできないコトは続かない。できる?」 キジが追いつき岩井クンを羽交い絞めにする。わかったー、と答える彼らの声をこれまた背中で聞きつつ、岩井クンはヘリへ連行された。 ただのヘリではない。 祥子センセにカスタマイズされた超高機能ヘリである。 その内部をしみじみと見る前に安全ベルトを装着したのと同時に岩井クンはキジに目隠しをされる。 ふわりと機体が動いて次の現場へ向かっているが、目隠しされているのでどんな状況か確認することはできない。ただ身を任せるだけの状況にももう慣れた。 不安がっている時間もない。 目隠しの裏側、そこにヘッドセットからのデータが表示される。 東京の嶋太郎からの新たな指示やら情報だ。 次の現場の避難状況、ヘリ着陸地点の詳細図、避難誘導の中心人物の性格やらなにやら。到着後、できるだけムダをはぶいたレクチャーをするための貴重な情報である。 それだけだ。 ほかの広域状況とか政府の方針とかの情報は一切ない。 わかってる。 目先のこと以上の情報を与えられたら、目隠しされている意味がない。これは嶋太郎さんの意地悪ではない。 これまた無理やり自分へいい聞かす。 だから──歯がゆいなんて思っちゃダメだ。 時間が足りないとか、いってたら回り切れなくて。 キジさんもなにも悪くなくて。 しょうがなくて。 それはわかってるんだけどっ。 岩井クンは拳をにぎる。 2 四十八時間──。 それが嶋太郎からいい渡された第一の期限だ。 その次にヤバいとされる七十二時間。それでは今回はいろいろ遅い。体力気力がやられて平常時ではいられなくなる。 ふつうの大学三年生であるはずの岩井クンだけでなく、日本中がである。 いま日本で起きたのは──。 (続きは、本編で)