abstract

短編ミステリー恋愛。
年前に事故死した兄の海。けれどそれは事故ではないかもしれないと仄めかされた音色。事故ではなければ? 他殺? それとも……自殺? 共感覚を持つ音色。スキルを駆使して社内で検索をかける中、音色が見つけたキーワードは三つ。兄の恋人だった今は亡き時子に自分の研修係だったマッド、さらには8年前暗躍したテロリスト集団ドーンコーラス。さらに、そのドーンコーラスの残党が犯行声明を出した。事件が事件を呼ぶ。海の死の真相はいったい? 

about

【RWMシリーズ関連性】
R一人立ちした音色がようやくRWMと兄・海の関係性に気づいて、それまで惚け倒していたマッドと対峙。「なろう」に掌編としてUPしていたのを、さらに詳細に記載した短編。マッドと時子の関係、マッドの秘密が。
(『ドーンコーラス一掃事件』)
【原稿用紙換算枚数】150枚
【読了目安時間】40分
2015/8/16 配信開始

contents

第1話 ずいぶんとおめでたいヤツだな
第2話 いつもそばに兄がいた
第3話 何が本当で何が嘘で
第4話 海くんのかたき討ちだけじゃない
第5話 彼女に笑ってほしかった

試し読み


◇◆試し読み◆◇

 おかしいと気づいたのは一年前だ。
 一介の美大男子学生だった音色。
 音色は三年半前にRWMの会長にスカウトされて、二年間研修と実地研修もなんとかクリアして、情報調査部員としてがむしゃらに任務をこなす日々だった。
 そんな中、任務の合間に本社へ戻るたびに音色は視線を感じた。
 ウサギ型催涙弾にクマのぬいぐるみ型クラスター弾、メンタル調整のための医薬品アイテムの棒キャンディーを鞄へ入れていると、いつも誰かが音色に微笑んでいた。
 本社情報調査部内のデータバンクエリアのブースで資料検索やら報告書の作成をしているときなど、とおりすがりの部長が頻繁に音色の肩をいたわるように軽く叩いた。
 同じ情報調査部員だけならまだわかる。
 右も左もわからず、全力で頑張るルーキーにエールを送る──。
 そう解釈することもできた。
 だが。
 音色に柔らかい眼差しを向けていたのは管理営業部員をはじめ、修繕部員に運輸管理部員、ときには経営監査室の社員までとなると話は別だ。社員カフェにおいてはシェフまでもだ。マシュマロ入りココアを頼めば、明らかにサービス過剰のマシュマロがココアの上でとろりと溶けていた。
 全社員数百二十名弱。
 その万年人手不足のRWMにおいて、ただルーキーだからという理由で、ほかの社員を温かい眼差しで見ていられるわけがない。
 この人数で全世界の案件を一手に引き受けているのだ。
 必然的に誰もが常時二桁の案件を抱え持っていた。修繕部員に情報調査部員は本社へ戻ることすら珍しい。ほぼ常に世界中を飛び回っている。運輸管理部員だってしかりであった。
 けれど音色に向ける視線は誰もが温かい視線をとおり越して慣れ慣れしくすらあった。新入社員である音色に旧知の間柄のような気安さで接して来る。
「……社風か? 社員みな兄弟の精神でいないと、ここではやっていられないのか?」
 そんなわけないと気づいたのは北半球の北国が夏を迎えたころだ。
 音色は数案件の報告書を管理営業部に提出して、ひと息つこうと社員カフェでマシュマロ入りココアを飲んでいた。例の大盛りマシュマロの入ったマシュマロ入りココアであった。
 そのときだ。
 音色の隣に白衣姿の少年が座った。
 さらさらの栗毛色ショートボブ、フレア付きのブラウスシャツにハーフパンツを着ている。零れ落ちそうに大きな瞳でえへへと音色に笑いかけていた。
 ひと目でわかった。
 コードネーム『ダブル』だ。
 実地研修の研修係だった先輩のマッドから「くれぐれも接触しないよう気をつけてくださいよ」と念を押されていた技術開発部員であるだけでなく、さらに厄介らしい第五係の係長だった。
「感動だなあ~。やっと音色くんとお喋りする機会ができたよ。お近づきのしるしにコレあげる」
 ダブルは何やら小型装置を音色のポケットに滑り込ませようとしていた。音色は、うぉう、と本能で椅子を蹴って飛び退いた。
「んも~。人の親切はありがたく取っておくもんだよ? そうだぞ。この『コンペイトウ型煙幕剤』はめちゃくちゃ便利だからな」
 口調がおかしい。会話の中で二種類の声が混在していた。
 なるほど、と音色はうなる。これがコードネームの由縁か。
 解離性同一症、いわゆる二重人格。ゆえにコードネーム『ダブル』だ。
 マッドの助言どおりすぐにその場を立ち去るべきだとわかった。けれど愛らしい少年の容姿とは裏腹にダブルには隙がない。いつでも逃げ出せる姿勢のままで、音色はダブルに声を出していた。
「そもそも技術開発部員は部内から外出禁止でしょう。どうやってここに」
「そうだな。お前たちの身の安全のために技術開発部と社員カフェのあいだには五重の扉があるね~」
 でもさあ、とダブルは身体を揺らして笑った。
「ぼくを誰だと思ってるの? そんなセキュリティ扉の四つや五つ、突破できないわけがないだろうが」
 ヤバい、ヤバい、ヤバい。
 音色の中で警鐘がなる。
 ダブルがショッキングピンクとシグナルイエローのマーブルの『色』をまとっている段階で、もう半端なくヤバい状況だとわかった。一刻も早くここを逃げ出さねば。
「せっかちさんだねえ」
 ダブルは肩をすくめてシェフにマシュマロ入りココアを注文した。
 さすがのシェフも極力ダブルに関わりたくないのだろう。そうかと言って拒否をすれば、何をされるかわからない。シェフは数分もしないうちにダブルの前にマシュマロ入りココアのマグカップを置いた。
「これこれ~」
 とダブルは目を細めて湯気の立つマグカップに息を吹きかける。
「高校生のころはずいぶんと可愛げがあったって聞いていたのになあ~」
「え」
「ああそうだな。どんなにひどいイジメに遭っても他人と関わるのを厭わなかったんだろうが。健気だねえ~」
 音色の顔が強張った。
 どうしてそれを知っている?
「絵さえ描いていれば幸せで、お兄さんが作ったメンチカツが大好物だったんだよね。メンチカツが上手い兄というのもスペック高いな。ね~」
 だから、どうしてそれ知っている。
 立ち尽くす音色を見て、ダブルが唇に溶けたマシュマロをつけて、え? と首をかしげてた。
「ひょっとして知らないの?」
「……何をですか」
「海くんだよ。海くんはずいぶんとウチの手伝いをしてくれていたんだよ。マッドの口車にまんまと乗せられてさ。民間人の癖に。社員でも嫌がるのにな。奇特なヤツだ。お人よしすぎる」
 兄の名前が出て音色は目を見開いた。
 どうしてここに兄さんの名前が出る? だって兄さんは四年前に。なのに、その兄さんをどうしてコイツが知っている?
 ああ、とダブルはマシュマロ入りココアをすすりつつ続けた。
「お人よしすぎたから早死にしたのか。惜しい人物を亡くしたもんだ。社員じゃなくてよかった。まったくだねえ」
 兄が事故死したことも知っている? それはいったい?
 ダブルがマグカップから口を離す。そして呆れた声を出した。
「……本当に何も知らないの? 今の今まで? 海がウチに関わったのは九年近く前だぞ? マッドは何も言わなかったの? 海と時子を引き合わせたのはマッドだろ? しかもお前の研修係だった。それなのにずっと知らなかったのか?」
 そいつは、とダブルは両手を広げた。
「ずいぶんとおめでたいヤツだな」
 そもそも、とダブルは栗毛を揺らして微笑んだ。
「海は本当に事故死だったのか? 他殺だったのかもしれないぞ? ウチに関わった以上、恨みを持つヤツは大勢いるからねえ~。それともひょっとしたら?」
「ダブルさんっ」
 怒鳴り声を出してシェフがダブルの真正面のカウンターに両手をついた。鬼の形相をしている。
「……それ以上口走ったら、マシュマロ入りココアの提供を今後一切拒否します」
 いや、あの、なんでもないよ~、とダブルは手をひらひらさせると社員カフェから走り去った。音色はシェフに顔を向ける。シェフも慌てて視線を逸らしてカウンターの奥へと消えて行った。
 えっと、と音色は赤髪に手を当てる。
「……兄さんが、なんだって?」

(続きは、本編で)

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