abstract

短編ミステリ。
12歳の少年カズはRWMの運輸管理部員だ。同じく運輸管理部員の女性シャムと男性タヌキの三人で世界中に荷物と情報を配り回っている。そんな中、発生したサーモカルスト事件。事件は世界中を大洪水に巻き込んでいく。その発生原因は? そしてカズはどうして12歳で社員にならざるを得なかったのか。少女・ホナミとはいったいどんな存在なのか。首飾りの意味は? アップテンポ! でもハートウォーミング物語。

about

【RWMシリーズ関連性】
11歳でスカウトされたカズがシャムとタヌキと3人組で大はしゃぎで任務をこなす日々の話。カズとは、『カフェ・ド・カズ』などのカズ。
(『サーモカルスト問題』)
【原稿用紙換算枚数】100枚
【読了目安時間】30分
2016/1/31 配信開始

contents

第1話 視えるんだからしょうがないじゃん
第2話 どんだけホナミが好きなのよっ
第3話 絶体絶命なんちゃって
第4話 ほら大気はつながっているからさ
第5話 限界までホナミの側にいること

試し読み


◇◆試し読み◆◇

 シャムがぺしりとタヌキの禿頭を叩く。
「何を拝んでいるのよ。ディーバをアイドル扱いするのはいいけど、生き仏扱いするのはよしなさいよ。可哀想じゃない」
「いやあもう、同じ女なのに、こうもお前とは違うのかと思うと、シャム、おぬしは不憫なヤツじゃの」
「失礼なことを抜かすと現実を突きつけるわよ」
「事実を突きつけたまでじゃ」
「じゃあ私も事実を突きつけてあげるわよ。ディーバはナユタさんの恋人なの。他人のものを崇め奉って何が楽しいのよ。どっちが見ていて憐れだか」
「なんのことだかわからんのー。ディーバさんは永遠にわしらのアイドルじゃー。誰かのものになんぞ、永遠にーなーらーんーわー」
「どんだけ現実逃避をしたいのよ」
 くすくすとディーバは笑ってカズの前にカップを置いた。
「マシュマロ入りココア。召し上がれ」
 あー、と声を上げてカズはスツール椅子に座る。
 マシュマロ入りココア。
 カフェで一番人気のドリンクだ。ココアとマシュマロの組み合わせが特色なのではない。ディーバが作るマシュマロ入りココア。それは強力な精神安定効果をもたらすからだ。
「……俺、そんなに具合悪そう?」
「よくないでしょう?」
「うー……ホナミのこと? さすがディーバだなあ。バレちゃうか」
 苦笑してカズはカップを手に取った。息を吹きかけそっとすする。溶けたマシュマロがトロリと喉を通っていく。昂っていた気持ちがみるみる凪いでいきかけたところで、「そうだったのっ」とシャムとタヌキがカズに詰め寄った。
「ちょ、なんだよ。止めてよ。ココアが飲めないじゃん」
「お前がホナミを気にしとるのはわかっとったが」
「そこまで深刻だったの? あんた顔色変わんないんだもん。わかんないわよ。十二歳の癖にポーカーフェイスにもほどがあるわよっ」
 そのタヌキとシャムの前にもディーバがカップを置いた。
「タヌキにはカロシ・トラジャ。酸味を楽しんでね。シャムにはドミニ・バラオナ。バニラの甘い味わいがあるの。飲んでみて」
「ほほう」と二人は声を上げ、揃ってスツール椅子に座った。香りを嗅いでから同じタイミングでカップを口に運び、これまた同じタイミングで「うわー身体に染み渡るー」と感嘆の声を上げた。
「それで」とディーバが微笑んだ。カウンターテーブルの一部がモニターに変わって黒地のモニターに緑色の文字が浮かび上がった。
「今回の案件がそれ。『サーモカルスト事件』ね」
 サーモカルスト事件──。
 ここ数カ月のことだ。
 温暖化が急速に進んで北極圏の永久凍土が融けだした。各地で地面が歪んだり沈んだりといった『サーモカルスト』現象を起こし、融けた氷が各地で洪水を引き起こした。それはどんどん加速して、北極圏どころかかなり中緯度の地域にまで凍土崩壊による大洪水が発生。世界各地で被害を起こしていた。特にアメリカ連邦と旧ロシアを含むNISR連邦は大打撃だ。
 この急激性、単に自然現象のみの事態とは思えず、グローバルGにて人為的操作を調査中だが、被害は拡大する一方であった。
 この事態を重くみたグローバルGは早速RWMに案件を依頼した。
『急激過ぎるサーモカルスト現象の緩和措置』である。
 人為的操作は管轄外だが、環境問題である大洪水被害を放置するわけにもいかない。そこでサーモカルストを起こしているエリアの急激凍土融解を緩和するアイテムを技術開発部が新しく作った、とあった。
 カズたちの任務はその対策アイテムを運ぶことだった。
 ただアイテムを運ぶだけではない。アイテムそのものが機密レベル5のシロモノだった。何しろその開発者が技術開発部でも随一のマッドサイエンティスト、ホタルであった。
 いやいやー、とタヌキが首を振る。
「むしろよくあのホタルが素直に迅速にアイテムを作りおったの」
「しかも裏プログラムなし? あのホタルが? 嘘でしょ?」
 まあそのあたりは、とディーバがカズに顔を向ける。
「本社にそのアイテムを取りに行きがてら、これから会うんでしょう? 本人から聞いて来たら?」
「ホタルが迅速に新作アイテムを作った。しかも裏プログラムなしで。大丈夫だよ。問題ないよ」
「なんでよ」とシャムが不機嫌な声を出す。なんでって、とカズはココアをすすった。
「きっとそれどころじゃない作業をしているんじゃない? その途中で『新作アイテム作れ』って割り込まれたとか。だったら小細工なしに仕上げてあるよね」
「それどころじゃない作業?」とタヌキが顔をしかめた。うん、とカズはココアを飲み干す。
「例えば、俺への新しいアンプル組成がひらめいたとかさ」
「あんたね、冗談でもそんなこと淡々と言わないでよね」とシャムが唾を飛ばした。
「どうしてさ」
「どうしてって、あのホタルなのよ? 少しは嫌がっていいのよ?」
 あはは、とカズは笑った。
「なんで嫌がるんだよ。ホタルはいつだって俺のことを考えてやってくれているのに」
「やり過ぎだっつってんの」とタヌキとシャムが声を揃えた。ぺしんとタヌキが額に手を当てる。

(続きは、本編で)

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