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『時空モノガタリ』2012年6月
カテゴリエリア・大分、コンテスト。
コメディ系の掌編。

本文(全文)


 ミッションざびえる

「まだ発見できないのか! 国東半島に入って何分経過したと思っている!」
「申し訳ありません、隊長! ターゲット『ざびえる』の特定に手間取って」
「早くしろ! 時間がない! あと5分……いや3分だ!」
「た、隊長!」
「どうした! あ、う、うわあ、く、くそう……」
「発見しました!」
「でかした! よし、コレだけでも、う、うわあ――」


 暗い室内で映像を眺めていた艦長は深いため息をついた。
「……これが最後の映像か」
「はい、艦長」
「それで? いま彼らは?」
 こちらです、と副官がモニターに映像を映した。
 温泉街だった。
 浴衣姿の60代らしき女性の群の真ん中に、体格のいい男たちが混じっていた。体格のいい男たちもまた浴衣を着ている。
 浴衣には温泉の印がついていた。旅館名が記された浴衣を着ている男もいた。
 一行は別府温泉から湯布院温泉へと向かっていた。徒歩だ。踊っているといってもいい。江戸時代末期に流行した「ええじゃないか」踊りにも似ている。
手にはだんご汁の入った丼や鶏めしの握り飯やトリ天があり、 さらにはPロールと呼ばれるロールケーキを丸かじりしている姿もある。黄金色にかがやくコロッケを頬張る男もいた。
 体格のいい男たち――国東半島に下り立った一個小隊の隊員たちは60代らしき女性たちに押されるかたちで前進していた。
 だれもが満面の笑みだ。緊張感のかけらもない。
 中でも隊長が一番の笑顔だった。
 頬にコロッケのカスをつけ、右手にPロール、左手にトリ天をもって、すね毛まるだしで踊っていた。


「……まさか、あの屈強の隊がこんなことになるとはな」
「おそろしいところです、大分」
 艦長は無言で手元を見る。
 隊長が艦長へと遺した品物だ。
 南蛮菓『ざびえる』だった。
 艦長は黒地に赤いロゴの入った包みをはがし、銘菓を口にする。ほんわりと焼き色のついたバター風味の生地にラム酒につけられたレーズンの香りと滑らかな白餡が懐かしい。
 幼少の折、口にした銘菓だ。
 酒宴の席でふと漏らした艦長の言葉、「せっかく大分近海にいるのだから、もう一度アレを味わってみたいものだな」――まさかそれを隊長が真に受けるとは思わなかった。
 大分の危険性は十分承知していたはずだったろうに。
 あそこには『魔』が棲んでいる。
 気候のよさに海の幸に山の幸、加えてあふれる温泉資源。
 ほんの少しの油断で任務を放棄して満面の笑顔になってしまう。
 暮らすひとびともおおらかで、訪れるひとびとをたちまちとりこにするという。とりこにするだけでなく――と艦長は映像へと視線を移す。
 それをわかっていてなお大分に赴いた隊長は、艦長への忠誠心だったのか、それとも人間性の回復のためだったのか。
 いずれにせよ――、と艦長は映像に向かって敬礼の姿勢をとる。
「ありがとう。忘れないよ。きみのことも南蛮銘菓『ざびえる』も」
 すこし、いや、かなり羨ましいけどね、と口をゆがめ、艦長は出航をうながした。
まあいいさ。定年したら大分に来よう。
 艦長はまたひと口、南蛮菓『ざびえる』を口にした。

(了)

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