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『時空モノガタリ』2012年7月
カテゴリエリア・群馬、コンテスト。最終選考作品。
HP無料配信『水ようかんの構成元素』ど同年代の設定で、地上で起きていたモノガタリとして書いた作品。……よく最終選考になったな、と。年代設定は気になさらず。

本文(全文)

プロジェクト草津

「水ようかん? どうしてこんな場所に落ちているんじゃい」岡本爺さんは白旗湯畑の端に転がっている水ようかんを拾った。
 岡本爺さんは当然のごとく水ようかんを口に入れた。
「はうっ!」
 目を丸くする。旨い。こんな水ようかんを食べたことがない。旨いだけではなく、身体中に風が吹き抜けていく気がした。懐かしい風だ。子どものころに見た光景が駆け抜けていく。

 いまは西暦2310年。――群馬県吾妻郡草津町には国内有数の一大レジャースポット『スーパーレジャースパ・クサツ』がある。
 草津町全体をひとまとめにしたレジャー施設だ。客はみな水着姿。水着のまま湯船につかり、町を歩き買い物をし、食事を楽み、離れた温泉浴場への移動バスに乗り込んでいる。子どもたちは浮き輪を持ってそこら中を走り回っていた。
 まるで海水浴場のようなありさまだ。

「駄目じゃ! 駄目じゃ! 駄目じゃ!」岡本爺さんはまくし立てた。
「こんなありさまでは草津温泉の名が泣くぞ!」
「ど、どうした? 爺さま。落ち着け。まず水を飲んで」
「みんないますぐ水ようかんを食べろ。食べればわかる! いいから食べて来い!」
 水ようかん? と首を傾げた町民は「あれまあ!」と目を見開いた。町のいたるところに水ようかんが転がっていた。
 その数が尋常ではない。100個や200個ではなく1000個くらいあった。
「いつの間に? だれのいたずらだ?」
「いたずらにしてはおかしいぞ? だいたい『スーパーレジャースパ・クサツ』ではどこも水ようかんを作っておらん」
「大変だよあんた。子どもたちが勝手に食べはじめちゃって」
「なんだと? ん? これか? ……あ」
 水ようかんを手にしたものは自然、水ようかんを口に入れていた。そして目を閉じる。懐かしさが身体中を駆け巡る。いてもたってもいられなくなる。
「駄目だ! 駄目だ! 駄目だ!」
「おう駄目だ! 駄目だ! 駄目だ!」
 駄目だ! 駄目だ! 駄目だ! と町民は口々に雄叫びをあげた。

 かくしてプロジェクト草津ははじまった。
 テーマは「温故知新」。古きを知り、新しきを得る。
 町から『スーパーレジャースパ・クサツ』は消え去り、その代わり『草津温泉』が復活した。  温泉街のシンボルは中央にある湯畑や湯もみも復活した。西の河原も綿の湯も熱の湯も地蔵の湯も共同浴場も湯治場も、みんなみんな復活だ。客は浴衣に身をつつみ町をかっぽし、浴場を巡る。
 いまどき「裸のつきあい」というのが目新しかったのか、来場客数はうなぎ上りだ。

「岡本爺さんよお。どうして水ようかんなんてあったんだろうな」
「さあのお。温泉のカミサマが昔をなつかしがったんじゃろ」
「水ようかん好きなカミサマか? そいつはいいや」
 水ようかんはプロジェクトがはじまったとたんに消えた。
 まさしくカミサマの仕業のごとく。
 世の中にはカミサマと呼ばれるものは多く、中には芸術のカミサマと呼ばれるひともいて。
 湯畑を設計したのは岡本爺さんの血縁者、岡本太郎氏であることを岡本爺さんは失念している。
 岡本太郎氏が水ようかん好きだったかどうか――は不明だ。

(了)

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