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『時空モノガタリ』2012年6月
カテゴリエリア・結婚、コンテスト。最多ポイント賞受賞作品。
ブラックユーモア系の掌編。多くの方にお読みいただけて光栄です。

本文(全文)


 Mr. & Mrs. イトウ

「『いつか会社を辞めてやる』って言うけれど、私たちも『いつか離婚してやる』って思っているわよねえ~」ミセス・イトウの声にそうよそうよ、とマダム友だちが笑い声をあげた。
「誰のおかげでメシが食えると思ってるんだよな。俺たちが働いているから3食昼寝つきの生活してやがるんだぜ」ミスター・イトウの声にそうだそうだ、と仕事仲間が笑い声をあげた。

 結婚式を挙げて30年。
 3人の子どもたちは自立をし、2人で穏やかに暮らしている。
 財布の紐はミスター・イトウが握り、ミセス・イトウは家事に専念だ。  新婚のころは甘い毎日。2年もすれば子育てに忙しく、5年もすれば恋など忘却。8年たてばお互い空気。ケンカをするのもわずらわしい。

 結婚とは永遠の愛を誓いあうこと――。
 ああ、はいはい、とミスター・イトウはネクタイを締める。アレだろアレ。知らないうちに掃除や洗濯をやってくれて、おまけに夜の相手もできて、それらをぜんぶの給料をぶちこんでやるっていうアレだアレ。給料がなけりゃ、家族は解散。そういう意味だろ。じゃあ、いってくる、と靴を履く。
 ええ、そうねえ、とミセス・イトウはフライパンを握る。アレでしょアレ。食べるものぜんぶをまかされているってコト。命のすべてを握っているコト。たとえば、そうねえ、この食塩。これを毎日少しずつ増やせば、あっという間に成人病。保険の名義は私だし? アリバイばっちり、問題なし、と大量の塩コショウで味付けだ。

「あら、あなた。お帰りなさい。お疲れさまでしたわね」
「ただいま。いい1日だったかい?」
 ミスター・イトウとミセス・イトウは玄関先でキスをする。
 ――いってらっしゃいのキスとおかえりなさいのキス――。
 結婚式で誓った慣わしだ。30年間、1日たりとも欠かさない。約束を破ったその瞬間、契約解消の証となる。
 にっこりと笑い合うミスター・イトウとミセス・イトウ。
 ミスター・イトウの手には通帳が、ミセス・イトウの手には化学調味料が、つねにある。

(了)

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