abstract

長編サスペンス恋愛。
誰もが認めるマッドサイエンティストのフォックスは17歳からRWMの技術開発部の部長を務めている。そんなRWMに例によって任務が舞い込む。そのアイテムを超絶技巧で作成する中、恋人の碓氷に異変が。原因は17年前のあの事件!? 碓氷を救うためフォクスが取った想像の斜め上をいく行動とは!? 

about

【RWMシリーズ関連性】
RWM創立秘話をはじめ、管理営業部長・碓氷と技術開発部部長・フォックスが実は恋人である、イカれたラブストーリー。
(『運河拡張問題』・『アマゾン川問題』)
【原稿用紙換算枚数】291枚
【読了目安時間】4時間
2016/6/27 配信開始

contents

第1章 マッドサイエンティストの甘味生活
第2章 マッドサイエンティストの作り方
第3章 マッドサイエンティストの恋人
第4章 マッドサイエンティストの技巧
第5章 マッドサイエンティストの決意

試し読み

◇◆試し読み◆◇

 で、と碓氷はフォックスに人差し指を向けた。
「その根拠データと対策データ、もっと詳細なものがあるんだろう? グローバルGへ送り付けてやる。くれ」
「もう碓氷のメインマシンへ送った。すぐに添付ファイルとして使えるかたちだよ」
「いつになく速いな」
「仕事熱心だからね」
「根に持つな。ちょっと苛めただけだ」
 じゃあな、とワゴン台を持って居室を出て行こうとする碓氷の手をフォックスは掴んだ。
 せっかく居室に二人っきりになったのだ。
 このまま帰すなど惜しいに決まっている。
 フォックスは碓氷を強引に抱き寄せた。すかさず碓氷の唇へ唇を重ねる。ほんのりとオリーブの香りがする唇だ。そしてかすかに空いていた歯と歯の隙間からするりと舌を入れて碓氷の舌を求めた。
 胸の中で碓氷が抗う。瞼も閉じることなくフォックスを睨みつけていた。それでも構わずフォックスは碓氷の舌の縁を撫でた。鬼の形相になった碓氷が勢いよく歯を噛み締めた。あわや舌を噛み切られそうになって慌ててフォックスは舌を抜いた。それでも唇は離さない。ふるふると柔らかい唇。吸い付くようで気持ちがよくて、触れれば触れるほどずっと触れていたくなる。
 夢中で碓氷の唇を味わっていると足の甲に激痛が走った。碓氷がヒール靴でフォックスの革靴を突き刺していた。本気で血がにじむ感覚がある。さすがのフォックスも碓氷から唇を離す。碓氷は力強くフォックスを突き放した。
「お前なー。時間がないと言っているだろうがっ」
「時間に余裕があるときなんて、この十七年なかったってば」
「お前はなんだってそんなに元気なんだ。忙しいのはわたしの比じゃないだろう?」
「碓氷がニンニクがたっぷり利いたスープを飲ませてくれたからね。元気いっぱいなんだよ」
「あれは栄養値の問題でこんなことをするためのスープじゃない。そもそもお前、何日寝ていない? こんなことをする暇があったら少しでも睡眠を取れ」
「自分が人間でいるのが嫌になるときは、寝なくちゃいけないって思うときだよね」
「しょうがないだろうが。人間なんだから」
「自分が人間でいるのが嬉しいときは」
 フォックスはあらためて碓氷を抱き締めた。
「こうして碓氷の温もりを感じていられるときだな」
 ちょっと待て、と言う碓氷の唇を唇で塞いで、今度こそフォックスは碓氷をソファーに押し倒した。フォックスがちょっとした仮眠を取るときに愛用しているソファーだ。
 このソファーの利点は試作アイテムの脇にあるということだ。山と積まれた試作アイテム。それが壁となってソファーを目隠ししてくれる。加えてすばらしくクッション性が優れている。肌触りも滑らかで生地に触れた者はたちまち気持ちがくつろぐ。
 押し倒された碓氷もそうだった。最初こそ足をばたつかせて抵抗していたものの長い髪がソファ―に触れた途端、とろんと目を潤ませた。激務で疲労がたまっているのは碓氷も同様だ。このソファ―の威力は絶大なのだ。
 唇を執拗に貪りつつフォックスは碓氷の膝を人差し指で撫でる。次第に碓氷の息が熱くなる。その碓氷の首筋に唇を這わせつつ碓氷のシャツブラウスのボタンを外していく。そのまま碓氷の豊かな胸元へ顔をうずめ、膝に触れていた指先をスカートの中へと伸ばした。碓氷の息がさらに熱くなる。フォックスはするりとスカートの奥のその奥へと指先を進めようとして、動きを止めた。
 違和感があった。
 しいて言えば──いつもと、匂いが、違う。
 碓氷が放つ匂いが違った。
 がばりとフォックスは身体を起こす。
 とろんとした眼差しで碓氷が「どうした?」と声を出した。フォックスは半分外したベルトをそのままに真顔で碓氷の両肩を掴んだ。
「碓氷、ちゃんと食事はとっているよね」
「は? さっきお前と一緒に食べただろうが」
「頭痛は? 吐き気は?」
 フォックスは屈んで碓氷の顔を撫でまわした。どこだ? 何がおかしい? どこに異常がある? 険しい顔つきでフォックスは碓氷の肌の状態を確認する。弾力に異常はなさそうだ。耳にも問題はないようだ。
 でも確実にいつもと違う。
 具体的には十二時間前に触れた碓氷と今の碓氷が違う。
 なら? 
 フォックスは固い声を出す。
「碓氷、この十二時間で、頭を打ったとかそういうことがあったかい?」
「お前はさっきから何を言っているんだ。ない。それに、お前はいつもわたしを盗撮しているんだろう? だったらなおのこと頭など打っていないことはわかるはずだぞ」
 ああそうか、とフォックスは顎を引く。確かに碓氷の指摘どおり、アマゾン川の対応アイテムを作成しつつ眼鏡のモニターの端にいつも碓氷の姿を投影していた。碓氷はそれはそれは機敏に動き回っていたものの、頭どころか肩や指先すら壁にぶつけるような行為はしなかった。フォックスがこっそりと投与した機動力向上アンプルの成果だ。
 それでも納得がいかず、フォックスは左手で碓氷の頬を包みつつ、右手で碓氷の瞼を開いた。眼球の状態を調べようとしたのだ。
 お前なあ、と碓氷が呆れた声を出し、手でフォックスの指を柔らかく払った。
「何を心配しているのかは知らないがな──」
 言いながら碓氷がフォックスの顔を両手で包んだ。唇を重ねられた。ふんわりと柔らかい唇。ついさっきまでは離したくないほどの感触だった。それが──。フォックスは知らず知らずのうちに眉を歪めた。
 碓氷が唇を離して、ふむ、と小さくうなり、それからフォックスの短い髪をゆさゆさと撫でた。
「心配するな。問題ない。それに、今はこれで我慢しろ」
 じゃあな、と碓氷が立ち上がる。乱れた服と髪をなおしながらフォックスの居室を出て行った。
 フォックスは碓氷を引き留めることなく革張りチェアへどさりと座る。作業台の脇にあった苺のマカロンをおもむろに口へ入れた。生地だけでなくクリームにも苺をたっぷり使ったガナッシュが挟んであるマカロンだ。
 ガナッシュに入っていた苺の果肉が口の中でプチプチと弾ける。生地の苺のフレーバーが口いっぱいに広がっていく。無言でそれを味わいつつ、フォックスの眉間のしわは深くなっていった。頭の中は碓氷のことでいっぱいだ。
 匂いだけではなかった。さっきの碓氷からのキス。あの味すら変っていた。
 急に変化が起きるわけがない。
 前兆はなかったのか? あったとしたらいつ? このぼくがそれを見落とした? 
 馬鹿な。
 叫びたくなる。
 いったい碓氷に何が起きている?

(続きは、本編で)

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