2012年ペンギンフェスタ参加作品。 SF短編。まだRWMシリーズを書き始める前の作品で、作中のナユタにソラはRWMとは関係がない。
青くてきれいな星なのに。 さて、どうしたもんかねえ。 ナユタはパイプに火をつけた。パイプの口から白く甘い香りの煙が立ち昇る。 「『世界を終わらせろ』か。まったくウチのボスは無茶振りしてくるよねえ。俺はいつもこんな役だ」 まいったねえ、とナユタはパイプをふかす。 *** *** *** ――方法は任せる。24時間以内に、世界を終わらせよ――。 これがナユタが受け取った任務だった。 「相変わらず簡単に言ってくれるねえ。たまにはやる身にもなってほしいよねえ」とナユタは近場のベンチに座った。 たまたま降り立った地は公園だった。東西に細長く伸びる公園だ。 公園の中央には噴水や花壇や芝生があり、それらを取り囲むように木製の背もたれつきベンチが並んでいた。 噴水のそばにはトウモロコシを売るワゴンやソースヤキソバを売る屋台が出ている。 どこかの樹木が飛ばしたのか、そこかしこに白い綿毛が舞っていた。木々の新緑は目にまぶしく、葉が風にゆられてさわさわと音を立てている。 一方、ナユタはロングジャケットに革のブーツ、それにカバーのしてあるライフルを背負った紺色長髪の30代の容姿の男だ。 6月末の気候とはかけ離れた服装だ。極寒の地でも対応可能だ。 武器装着というのも尋常ではない。 それでもひと目を引かない。 なぜなら、ナユタは人間の目には見えないからだ。 ナユタは地球人ではない。 環境コンサルタント業務を主体とする宇宙企業の銀河系辺境地域担当、実務部隊隊員だ。 任務遂行時には通常全身にバリアを張ってある。音声も漏れない密閉性にすぐれたバリアだ。同僚以外には見破られない構造だ。 「手っ取り早く星を氷で覆っちゃうか? スノーボールだね。でもねえ、あれも力技だしねえ」 ナユタは組んだ足のうえで肘をついた。手のひらに頬をのせて花壇の赤いペチュニアの花を見る。ペチュニアの花の上でミツバチが飛んでいた。 「自然に見せるには巨大隕石を落とすってのもアリだけどねえ。長年のキャリアの反射神経で、思わず隕石を叩き割っちゃいそうだしね」 言いつつナユタはくすくす笑う。 「宇宙人の襲撃とか?」 ないない、とナユタは顔の前で手を振る。 この星を襲ってくれそうな宇宙人を24時間以内に捜し出し、膨大なギャラを払って襲撃させ、星全体を壊滅させるなど、時間的にも資金的にも不可能な話だ。 「俺の給料なくなっちゃうっつうの」 あっははぁ、とナユタは歌うように大きく口を開けた。 ひと目がないと、どうもジェスチャーが派手になる。 ミュージカルよろしく、バック転をしてから片膝をつき、両手を広げてポーズをとり、「どうしたもんかね~」と踊ってしまいそうだ。 そのときだ。 「……おじさん、さっきからナニやってんの」 声がした。 ナユタはぎょっとして振り返る。 2人の子どもが立っていた。 *** *** *** 女の子は青い瞳が印象的で長い髪を頭の高い位置で2つにしばっていた。 男の子は褐色の肌に短く刈り上げた銀色の髪が印象的だ。 2人ともほっそりとした体つきだ。そして2人はしっかりと手を握り合っていた。 なんともまあ、可愛らしい子どもたちだ。 「子どもじゃない。もう11歳だ」 「まだ11歳。だからいろいろまわりがウルサイのよ」 「こうして外へ2人きりで出かけるにも親が妙な気を回すしよ」 なるほど、とナユタは居住まいをただして2人を見た。 「2人は親友ってトコかい?」 「恋人だ」「恋人よ」 なるほど、とナユタは再びうなずく。親が心配するのも道理だ。この星のこの平和な地区で11歳にして子どもでも孕んだとなれば、ひと騒ぎ起きること請け合いだ。 「で――キミたちには俺が視えるのかい?」 2人はそろって首をかしげた。 「つまり」とナユタは両手人差し指で周囲を指差した。 「まわりの人間は誰も俺を気にかけない」 「アブナイ行動をしているひとに大人は近づかないからな」 「待って」と女の子が男の子の手を引いた。女の子は用心深く周囲をみまわす。 青い瞳をガラス玉のように輝かせて公園内を観察している。トウモロコシワゴンの売り子のおばさんから、犬の散歩のじいさん、ペチュニアの花の上を飛ぶミツバチまでをくまなく目を走らせる。 「本当みたい。おじさんの言うとおり。誰もおじさんがここにいることに気づいていない。わたしたちが2人でしゃべっているようにしか見られていない」 「マジかよ」と男の子は目を見張った。男の子は女の子の言葉を疑わないようだった。女の子が計測を誤ることなどないと理解しているようだ。 ナユタも同様だった。ナユタは――まいったねえ、と舌をまく。女の子が周囲を見回しているとき、女の子の頭の中から計算をする音が聞こえてくるかのようだった。 トウモロコシワゴンの売り子のおばさんをただ姿をみただけでなく、その仕草に行動パターン、思考回路までを読み取っていた。犬の散歩のじいさんしかり、ミツバチしかりだ。 おそるべき情報処理能力だ。しかも一瞬でやってのけた。 ナユタの所属企業の情報調査部員に匹敵する処理能力だった。 「まあいいや」と男の子が突き放すように肩をすくめた。 「おじさんはおれたちにしか視えない。OK。それでいいよ」 ナユタはその場で転びそうになる。これまたなんと腹の据わったというか度量が大きいと言うか適当というか――。俺としてはどうして俺の姿を2人が視えるのかということのが重要な気がするが、それはこの2人の特殊さゆえということか。 「だから、おじさんはナニをやってんのさ」 「ん? ちょっとねえ、考えていたんだよ。どうやって世界を終わらせようかと思ってね」 騒ぎ立てるのかと思いきや、2人の子どもは無言になった。 *** *** *** 「つまり」と女の子が青い瞳をガラス玉のように動かす。 「おじさんは――」 「ナユタだ」 「ナユタさんは死神?」 「はい?」 「だってわたしたちにしか視えないんでしょ? それで世界を壊そうとしている。それは死神でしょ」 「なるほど死神かー」と男の子が小躍りするのをナユタはパイプをふかして苦笑いした。 「残念だけど死神じゃないんだなあ。けど、スルドイ。『死をもたらすもの』という意味合いなら、そう思ってくれていいよ」 女の子が男の子の褐色の手をつかんだままナユタへ顔を近づけた。いついかなるときも2人はひとつとでも言いたげだ。 「どうして世界を終わらせるの?」 「困るのかい?」 「困るよ」と男の子が即答した。 「おれたち結婚したいし、しあわせになりたいし」 「今はしあわせじゃないのかい?」 「……しあわせだけど」 「ならいいだろう?」 「よくない」男の子は力を込める。 「まいったねえ」とナユタはゆったりとベンチに座りなおした。 「地球の『宇宙の渚』って知っているかい?」 「大気圏の上空にあって、地球をすっぽり覆っているヤツ? たしかそこでオーロラとか、スプライトとかいう垂直に伸びるカミナリが発生しているんだよね」と女の子が答えた。 「すばらしい」とナユタは拍手をする。 「その『宇宙の渚』の成分組成が変化している。無視できないほど著しくね。地球人――人間が放出した物質が主な原因と突き止めたんだよ」 「それが?」女の子のととのった眉がゆがむ。ナユタのいわんとするところを先取りしたのだろう。 それでもナユタは口にする。 「『宇宙の渚』の成分組成が変化したために太陽からの磁気嵐に作用をおよぼしてね。で、おおざっぱに言うと太陽系全体のダークマターに干渉をはじめたんだよ。波紋が波紋を呼んで、いまや銀河系のこのオリオンアームにダークエネルギーの吹き溜まりを作っている。すでに30000を超える恒星系の環境が狂い出していてね。一刻の猶予もないってコトなんだよ――って言ってもわかんないか」 笑い飛ばそうとしたナユタに女の子が青ざめた顔で「大変じゃん」とつぶやいた。 「それって想像を絶するくらいの生態系に影響をおよぼしていて、その根源がこの地球ってコトでしょ」 ナユタは薄く笑う。本当に――消すには惜しい人材だ。女の子の発言を黙って受け入れている男の子の度量も実に惜しい。 「それに」とナユタは付け加える。 「キミたちがどんなに文句を言ってもムダなんだよ。上の決定だからね。俺はただ仕事で来ているだけだ。――働いたことのないキミたちにはわかんないだろうけどね。社会というのはしがらみに満ちているんだよ」 2人は再び無言になる。 *** *** *** 意地悪するつもりはない。それでもナユタはついダメ押しをする。 「そもそもこのありさまじゃあねえ。『宇宙の渚』の件がなくても、俺もこの世界は潮時だと思うよ?」 「ここのどこが悪いんだよ」男の子が唾をとばす。 「ポプラの綿毛だってこんなにふわふわ飛んでいるし、ガザニアの黄色い花は満開だ。ラベンダーだって咲き乱れている。トウモロコシは甘くて香ばしくて最高だ」 「ここはね」とナユタはくわえたパイプを上下に動かす。 「でも他はどうだい?」 「紛争地帯のこと?」女の子が苦い顔をしてナユタを見た。ナユタはうなずく。 「戦争をしていない地域、それがどれくらいかわかっているかい? たまたまここが安全地帯。自分たちには戦争とは直接関係ない地域。だから、『ここは悪くない世界』なのかい?」 「イラクのミサイル撃墜事件のことばかり考えて暮らしていられないわ。飢餓で飢え苦しむ子どもたちのことばかり考えてもいられない。わたしたちにも生活があるもの」 「正論だ」ナユタは指を鳴らす。 「ならどういう世界だったらよかったんだよ」 「そっくり返そう。どういう世界ならいいと思う?」 2人は黙る。思案しているようだ。その間も握り合った手だけは離さない。世界の最後の絆とでもいうようだ。 「ゆるがない世界ってのはどうだ。だれも争わないし、みんなでなかよく暮らすんだ。どんな困難もみんなで協力して立ち向かう。どうだ。完璧だ」男の子が鼻を膨らませる。 「いろんな変化がある世界がいいな。風が吹いて木々が揺れるように、いろんなことが起きる。でも今の世界とは違うの。なんていうか、もっと――」 「つまり」とナユタは話をまとめる。「2人もこの世界に不満というわけだ」 2人は言葉に詰まる。 「いいねえ、いいよ。キミたちが世界を創ればさぞ素晴らしいだろうねえ。けど、ここはそうじゃない。ゆがみ、へだたり、何事にも『過ぎて』いる。やりすぎだ」 ナユタは言葉を切る。パイプを深く吸ってゆっくりと息を吐き出した 「いろんな意見がある。聞いていたらきりがないし、言えることはただひとつ。なにごとにも、終わりがある、ということさ」 *** *** *** 「ごめんね。時間だよ」 ナユタは立ち上がるとライフルのカバーをはずした。 そこでふと思いつく。 「キミたち、名前は?」 「ダイチ」男の子が答える。 「ソラ」女の子が答える。 「……いい名前だ」 ナユタは空に向かって引き金を引いた。銃口から空に向かってするどくまぶしい光が伸びて、ナユタの長い髪が舞い上がった。 一瞬だ。 まわりの景色が白色一色になる。 青い空も花壇にあったペチュニアの赤色も緑色の木々もトウモロコシワゴンの黄色もベンチの茶色もなにもかもが真っ白になる。 公園だけではない。地球全体だ。真っ白く分厚い氷で覆われる。山も海もなにもない。見渡す限りの氷。地平線の先まで、なにもかもが氷だ。海抜6000メートル級の氷だ。 全球凍結、スノーボールだ。 ナユタは氷の上に浮かんでパイプをふかした。 「結局は力技になるんだよなあ」 ひとしきり仕事ぶりを眺めて、ナユタは髪を掻いた。 そして口元をわずかに上げると、氷の大地の上に手をかざした。ダイチとソラがいた場所だ。 やがてそこから2つの芽が姿をあらわした。 「コレくらいは規約違反にならないよねえ。一度はきっちりと世界を終わらせたんだしさあ。任務はこなしたわけだし」 真っ白い大地の上で2つの緑色の芽がそよとゆれる。 地表の氷が解けるまでおよそ1000万年。それまでには『宇宙の渚』の環境も回復していることだろう。バリアを張ったナユタを裸眼で見抜ける力を持つダイチとソラ。2人が創る世界はどんな世界か。 「俺もまだまだ甘いねえ」 苦笑をしてナユタは姿を消した。 (了)