ミッションざびえる
「まだ発見できないのか! 国東半島に入って何分経過
したと思っている!」
「申し訳ありません、隊長! ターゲット『ざびえる』
の特定に手間取って」
「早くしろ! 時間がない! あと5分……いや3分だ
!」
「た、隊長!」
「どうした! あ、う、うわあ、く、くそう……」
「発見しました!」
「でかした! よし、コレだけでも、う、うわあ――」
暗い室内で映像を眺めていた艦長は深いため息をつい
た。
「……これが最後の映像か」
「はい、艦長」
「それで? いま彼らは?」
こちらです、と副官がモニターに映像を映した。
温泉街だった。
浴衣姿の60代らしき女性の群の真ん中に、体格のい
い男たちが混じっていた。体格のいい男たちもまた浴衣
を着ている。
浴衣には温泉の印がついていた。旅館名が記された浴
衣を着ている男もいた。
一行は別府温泉から湯布院温泉へと向かっていた。徒
歩だ。踊っているといってもいい。江戸時代末期に流行
した「ええじゃないか」踊りにも似ている。
手にはだんご汁の入った丼や鶏めしの握り飯やトリ天
があり、さらにはPロールと呼ばれるロールケーキを丸
かじりしている姿もある。黄金色にかがやくコロッケを
頬張る男もいた。
体格のいい男たち――国東半島に下り立った一個小隊
の隊員たちは60代らしき女性たちに押されるかたちで
前進していた。
だれもが満面の笑みだ。緊張感のかけらもない。
中でも隊長が一番の笑顔だった。
頬にコロッケのカスをつけ、右手にPロール、左手に
トリ天をもって、すね毛まるだしで踊っていた。
「……まさか、あの屈強の隊がこんなことになるとはな」
「おそろしいところです、大分」
艦長は無言で手元を見る。
隊長が艦長へと遺した品物だ。
南蛮菓『ざびえる』だった。
艦長は黒地に赤いロゴの入った包みをはがし、銘菓を
口にする。ほんわりと焼き色のついたバター風味の生地
にラム酒につけられたレーズンの香りと滑らかな白餡が
懐かしい。
幼少の折、口にした銘菓だ。
酒宴の席でふと漏らした艦長の言葉、「せっかく大分
近海にいるのだから、もう一度アレを味わってみたいも
のだな」――まさかそれを隊長が真に受けるとは思わな
かった。
大分の危険性は十分承知していたはずだったろうに。
あそこには『魔』が棲んでいる。
気候のよさに海の幸に山の幸、加えてあふれる温泉資
源。
ほんの少しの油断で任務を放棄して満面の笑顔になっ
てしまう。
暮らすひとびともおおらかで、訪れるひとびとをたち
まちとりこにするという。とりこにするだけでなく――
と艦長は映像へと視線を移す。
それをわかっていてなお大分に赴いた隊長は、艦長へ
の忠誠心だったのか、それとも人間性の回復のためだっ
たのか。
いずれにせよ――、と艦長は映像に向かって敬礼の姿
勢をとる。
「ありがとう。忘れないよ。きみのことも南蛮銘菓『ざ
びえる』も」
すこし、いや、かなり羨ましいけどね、と口をゆがめ、
艦長は出航をうながした。