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『時空モノガタリ』2012年12月
カテゴリエリア・お正月、コンテスト。最終選考。
純文学風味の掌編。

本文(全文)

まさゆめ
明けましておめでとう今年もよろしくおねがいし
おめでとさん爺ちお年玉
めでとうございま
 元旦も昼を過ぎると親族一同がぞくぞくとやてきた
従兄弟に叔父に姪に甥にさらにはよくわからない血縁
者たちが座布団に腰を下ろす
 離れの襖をはずした大広間だ一人ではとても持ち上
がらないくらい重い机を三つ四つ並べた座布団は足り
るかグラスの数は足りるか皿の替えは問題ないか
母は座る暇もないくらい朝から動き回ていた
 やがて仕出し料理屋の軽トラクが表の砂利道につい
て俺も運搬の手伝いをさせられるかくの帰省なの
にまたく容赦がない
 お重に入た料理に茶碗蒸し吸い物椀物和菓子
の羽二重もちと毎年のことながら机に並びきらない量だ
お重の脇には持ち返り用のプラスチクトレにビニ
ル風呂敷を添える乾杯する前からお重の中身を取り出
して土産の用意をする叔母もいた
で? どうなの? 大学は面白い? 彼女できた?
未成年と知りつつ隣の従兄がビルを差し出す
 まさか告白と同時に振られたとはいえずにああ
あねと俺は適当に相槌を打つた従兄のつい
だビルは半分以上が泡で飲み干すのに苦労をする
オレね結婚するわ
うそマジで? 早くね?
長男だしなお前と違て大学出てない社会人はそん
なもんさ
 そういうものなのか俺は本気にしてお重の白飯に箸
をつけた異様に硬い白飯だむむむとうな
て力を加えると箸はバキリと音を立てて折れた
うぎこわりいどんだけだ従兄が腹を
抱えて笑う
 飛び出したいくらい恥ずかしかたが俺も笑てごま
かした何してんの大丈夫?と伯母が新しい割り
箸を手渡すすみませんと俺は頭を下げる

 食事の後は百人一首だ大人も子供も入り混じて坊
主めくりに熱中する万葉かるた取りでないところがミ
ソだ
うわまた坊主だあたしやられた
 そこかしこで笑い声が上がる机を並べる前の掃除は
大変だがこうしてみんなで騒ぐのは悪くない婆ち
んも介護椅子に座ていつもは見せない笑顔をしていた
 そうだよ婆ちんだよあれ? と俺はようやく違
和感を抱く
 どうして婆ちんがいるんだ? 婆ちんは六年前に
死んだ俺は婆ちんに駆け寄る婆ちんはおうお
と両手を俺に差し出す胸が熱くなる婆ち
と会いたかたよたまらず俺は婆ちんを抱
きしめる昔は年寄り臭くて嫌だたのにそんな匂い
すら愛しい
 葬式では泣けなか口をへの字に曲げることしか
できなか頭の中がぼんやりして婆ちんが死んだ
ことが理解できなか
 なんだそうか俺はずと婆ちんに会いたか
のか婆ちんの手を触りたかたのか五年以上た
てから気づくなんて俺はなんて馬鹿なんだろう遠く
で笑い声がする姪がお年玉をもらてはしいでいる
俺は婆ちんの手を握るしわだらけで冷たい手だ
 雨音で目を覚ました時計の音が家中に響いている
いてて俺は頭に手をやり身体を起こした飲みつぶ
れたらしい卓袱台の上には缶ビルとピツが転
ていた
夢かぽそりとつぶやいた
 この家から笑い声が消えて何年になるか妻の三周忌
をすぎたころにはもう誰も寄りつかなくなてしま
定年を過ぎてすることもなく俺はひとり季節感のない
暮らしをしている
 顔を上げて仏壇を見る夢で見た婆ちんの位牌が黒
ずんでいた
まだ水も替えてなかたな重い腰を上げたときだ
 玄関の引き戸を開ける音がしたこんな田舎ではどこ

も家のカギなどかけない隣の爺さんかと思て足を
向けて俺は立ち止ま
 娘が立ていた
 妻の葬式のあと一度も帰省しなかた一人娘だ
 畳んだ傘から水滴をたらして黙て俺を見ている
 娘の後ろからもう一人顔を出す一瞬婆ちんじ
ないかと思たほど婆ちんそくりの顔をした女
の子だ
お爺ち明けましておめでとうございます
たままの母親の代わりに少女は声を出す
 これも夢だろうか 
 視界がぼやけた俺は慌てて腕で目をぬぐう笑みが
こぼれた
 いいじないか夢でも
 今年はいい正月だ
               
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