プロジェクト草津
「水ようかん? どうしてこんな場所に落ちているんじ
ゃい」岡本爺さんは白旗湯畑の端に転がっている水よう
かんを拾った。
岡本爺さんは当然のごとく水ようかんを口に入れた。
「はうっ!」
目を丸くする。旨い。こんな水ようかんを食べたこと
がない。旨いだけではなく、身体中に風が吹き抜けてい
く気がした。懐かしい風だ。子どものころに見た光景が
駆け抜けていく。
いまは西暦2310年。――群馬県吾妻郡草津町には
国内有数の一大レジャースポット『スーパーレジャース
パ・クサツ』がある。
草津町全体をひとまとめにしたレジャー施設だ。客は
みな水着姿。水着のまま湯船につかり、町を歩き買い物
をし、食事を楽み、離れた温泉浴場への移動バスに乗り
込んでいる。子どもたちは浮き輪を持ってそこら中を走
り回っていた。
まるで海水浴場のようなありさまだ。
「駄目じゃ! 駄目じゃ! 駄目じゃ!」岡本爺さんは
まくし立てた。
「こんなありさまでは草津温泉の名が泣くぞ!」
「ど、どうした? 爺さま。落ち着け。まず水を飲んで」
「みんないますぐ水ようかんを食べろ。食べればわかる
! いいから食べて来い!」
水ようかん? と首を傾げた町民は「あれまあ!」と
目を見開いた。町のいたるところに水ようかんが転がっ
ていた。
その数が尋常ではない。100個や200個ではなく
1000個くらいあった。
「いつの間に? だれのいたずらだ?」
「いたずらにしてはおかしいぞ? だいたい『スーパー
レジャースパ・クサツ』ではどこも水ようかんを作って
おらん」
「大変だよあんた。子どもたちが勝手に食べはじめちゃ
って」
「なんだと? ん? これか? ……あ」
水ようかんを手にしたものは自然、水ようかんを口に
入れていた。そして目を閉じる。懐かしさが身体中を駆
け巡る。いてもたってもいられなくなる。
「駄目だ! 駄目だ! 駄目だ!」
「おう駄目だ! 駄目だ! 駄目だ!」
駄目だ! 駄目だ! 駄目だ! と町民は口々に雄叫
びをあげた。
かくしてプロジェクト草津ははじまった。
テーマは「温故知新」。古きを知り、新しきを得る。
町から『スーパーレジャースパ・クサツ』は消え去り、
その代わり『草津温泉』が復活した。
温泉街のシンボルは中央にある湯畑や湯もみも復活し
た。西の河原も綿の湯も熱の湯も地蔵の湯も共同浴場も
湯治場も、みんなみんな復活だ。客は浴衣に身をつつみ
町をかっぽし、浴場を巡る。
いまどき「裸のつきあい」というのが目新しかったの
か、来場客数はうなぎ上りだ。
「岡本爺さんよお。どうして水ようかんなんてあったん
だろうな」
「さあのお。温泉のカミサマが昔をなつかしがったんじ
ゃろ」
「水ようかん好きなカミサマか? そいつはいいや」
水ようかんはプロジェクトがはじまったとたんに消え
た。
まさしくカミサマの仕業のごとく。
世の中にはカミサマと呼ばれるものは多く、中には芸
術のカミサマと呼ばれるひともいて。
湯畑を設計したのは岡本爺さんの血縁者、岡本太郎氏
であることを岡本爺さんは失念している。
岡本太郎氏が水ようかん好きだったかどうか――は不
明だ。
(了)