〜
◇◆試し読み◆◇
よかったー、とミズキは明るく笑った。窓の外に視線
を向けている。窓の外からアドバイスをもらったのか。
「……最近の動植物は人間の開発する装置に詳しいのね」
「彼らもいわゆるネットワークだよね。生物間のネット
ワークは人間の作り出したネットを凌駕する勢いなんだ
よ。その気になれば相手にもならない」
ふうん、と乾いた声が出る。ミズキはそれが気に入ら
なかったらしく、だから、とマリアに詰め寄った。
「山には気をつけてねっ」
「山ってあなたを育てた存在でしょう? あなたの味方
のはずよね。どうしてそれに気をつけるの? そもそも
どうやって気をつけるの」
そうなんだけどー、とミズキはうつむく。なんかねー、
と言いにくそうに口を開く。
「何かありそう」
「……凄まじく漠然とした予感ね。それなら私もいつも
感じている」
「そうじゃなくてさー。何か、企んでいるっていうか、
何かあるっていうか」
「そういうのは早く教えなさいよ」
「だいたいハヤトくんの事件が起きたのと『G侵略』が
起きた日時がほぼ同時期っておかしいよね。いつから?
何が起きてるのかな」
それこそマリアは目を見開いた。こんなところで『G
侵略』が出るとは思わなかった。なぜ、この子がそれを
知っている? 知っているとしたら。
「山がそれを教えたの? 私が『ミス・マリア』って呼
ばれていることも。あなたは私の何を知っているの」
「ん? だいたいの生い立ち。山が教えてくれた。だか
ら『ミッションくらげ』もやってもいいかなって思えた
んだよ」
頭に血が上りそうになる。やっとのことでそれを押さ
えて、マリアは額に手を当てた。そういうことか。だか
らあっさり、この子は私の計画に乗ったのか。確かに─
─山は警戒すべき存在のようだ。
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
だから、とミズキは立ち上がる。食器を片づけ何やら
荷物をまとめ始めた。
「あたしはあたしなりに全力を出すけどね。二万年って
いう数字も嘘じゃないだろけど、多分、あてにならない
な。まあ、山たちがそういうなら、二万年でいいと思う
けど。なんか別の思惑を感じるんだよね。──覚悟して
おいて」
山や海を相手にどう覚悟しろというのか。眉をしかめ
つつマリアはミズキに向き直った。
「なんども言うけど、あなたも気をつけなさいよ。皇国
はあなたを狙っている」
にかっとミズキが笑った。
「マリアが守ってくれるんだよね」
あのね、と声を荒げそうになる。それとは別に気をつ
けろと、と言いかけると、不意にミズキが抱きついてき
た。
「ありがとう」
「え」
「あたしを誘ってくれて、ありがとう」
マリアを抱き締めるミズキの手の力が強くなる。ミズ
キの手が震えていた。マリアの胸が苦しくなる。この子
は──これから死ににいくようなものなのに、それなの
に、私に感謝をする?
マリアは声を振り絞る。
「……馬鹿ね」
えへへ、とミズキが離れた。慣れないことをするもん
じゃないね、と頭に手をやっていた。照れているようだ。
「じゃあ行くよ」
え、と辺りを見回す。すっかり片付いていた。ミズキ
はいつものジーンズにパーカーそれにジャケット姿で大
学へ行くようにナップサックを肩にかけていた。手には
転送装置だ。
「まずはマッキンリーにいってみる。連絡事項は、えー
と、テレパシーで伝えて。あたしも精一杯叫んでみる。
それをキャッチしてよ」
「どれだけ私を信用しているのよ」
しまくっているに決まってるじゃん、とミズキは笑う。
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
靴を履いて、じゃあね、とドアを開いたところでミズキ
が止まった。通路の窓の向うに誰かが立っているのが見
えた。
ハヤトだ。
こんなときまでミズキにまとわりつかなくても、厄介
な、とマリアが思ったときだった。ミズキがハヤトに向
かって小さく右手を振った。ばいばい。そう伝えるよう
に。
え? と思ったときにはミズキは転送装置のパネルに
触れていた。笑顔の残像を残して、ミズキはマリアの前
から消えた。
だらりと両手を下げる。──あの子、彼が好きだった
の? いつから? ひょっとして八歳からずっと? そ
れなのに私は。身体が震えた。私はミズキにとんでもな
いことを頼んだのでは。息が荒くなった。……なんてこ
とだ。だから──やっぱり。奥歯を噛み締める。どんな
にリスクがあろうともひとりでやるべきだったのだ。
「でも……もう、手遅れだわ」
マリアは首を振る。
そのマリアの背後からそっとロックが声をかけた。
「ミス・マリア。──皇国が動きました」
「状況開始ではなくて?」
はい、とロックは一拍置く。
「諸各国軍部に声明を出しました」