〜
◇◆試し読み◆◇
だから──素人では爆発は起こせない。
ゆえに犯人は風力発電関係者か、もしくはそれに熟知
した者の犯行である。しかも単独犯ではなく組織的犯行。
それが警察の見解だった。そして犯行を確実に行うため
には全員でなくても犯人のひとりは現場にいるほうがい
い。ゆえに、当時現場にいた人間、そのすべてを警察が
洗っているという。
そして、爆発当時、まさに現場そのもののウインドフ
ァームの中にいた人間、風香たちは犯人の線が濃厚とい
うわけだ。
ちょ、ちょっと待てよ、と声が上がる。
「じゃあ、おれたちの中にひょっとしたら犯人がいるっ
てことか?」
途端に食堂の空気が緊迫した。風香も目だけで周囲を
見回す。ついさっきまで同じ被害者だった十数名。研修
参加ツアーまで中止になって、とんでもない目に遭った
と同類意識を持っていた。
それが? ……この中に、あの巨大で真っ白い風車を
真っ二つに折った犯人がいる? 風車が大好きって顔を
しながら、風車を壊すタイミングを計っていた?
風香の身体が熱くなる。指先が震えた。許せないとい
う気持ちが込み上げる。
そう思っていたのだが。
風香は視線を感じた。自分だけではない。爽へも視線
が向けられていた。それもひとりではない。周囲全体の
視線だ。何かと爽へ声をかけていた女性参加者たちです
ら鋭い視線を向けていた。
え? ちょっと待ってよ。あたしたち? 疑われてい
るのはあたしたちなの?
冗談じゃないと声を上げようとしたとき、爽が風香の
腕を引いた。
「騒ぎにしないで。気づいている? この研修見学ツア
ー参加者の中で、僕たちだけが外国人だってこと」
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
「……あ」
「ほかの参加者はみんな国内からの参加だよね。いつも
はどうかは知らないけど、今回はたまたま十数名の参加
者の中で僕たちだけが外国人だった──分が悪いよね」
そんな、と力のない声が漏れ出る。たかがそんなこと
で犯人に仕立て上げられるなんて。それでも、爽が騒ぐ
なというのはわかった。食堂の中で誰もが敵のような顔
をしている。この中で反論したらなおさら怪しい。逆の
立場だとしても、怪しく思う。
まあまあ、とジョージが明るい声を出した。
「事情聴収つっても形式的なことだ。オレたちも受けた。
ほかのスタッフも今受けているところだ。爆発当時、こ
こにいたのが運が悪かったと思って、ちゃっちゃと受け
てやってくれや」
ああもちろん、とジョージは続ける。
「ランチは食ってくれ。しっかり食って、警察の連中に
愉快なジョークでも聞かせてやってくれよ。順番に呼び
に来るからよ」
そう言われても食欲など吹き飛んでいた。それでも気
持ちを落ち着かせるためか、何人かはスープやコーヒー
を取りに向かった。
「風香、何か飲む?」
爽の声に風香は首を振る。だよね、と爽も苦笑する。
「取調なんて初体験だよ。緊張してきちゃった。オレン
ジジュースでも飲もうかな?」
風香もいる? と言いかける爽の前にジョージが立っ
た。
「ちょっと悪いんだけどな」
ジョージは爽と風香に小声で話しかける。
「警察なんだがな。──二人には特に詳しく話を聞きた
いって引かない。『こいつらはまったく問題ない』って
言っても聞く耳なしだ。すまんが今から別室の取調室へ
一緒に来てくれ」
そんな、と思わずなじる声が出た。
風車が壊れて悔しいくらいなのに、どうしてそんな話
になるの? あたしがこの手で犯人を捜し出して詰問し
たいくらいなのに。
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
ジョージが苦笑する。
「風香、そんな目で見ないでくれ。心配するな。オレと
エマは全力でお前たちの力になる」
爽がジョージの前に出る。
「僕たちが犯人に仕立て上げられそうになったら、身体
を張って阻止してくれるとでも言うんですか?」
爽、と風香は制した。けれどジョージは真剣に「そう
だ」と断言した。
「……風香。お前、あの爆発があって泣いただろ? 風
車が壊れて泣けるなんて、そんな本気で風車大好きっ子
にこんな事件は起こせない。風車を壊せなんて任務が来
たら絶対に拒否する。そうだろ?」
風香は大きくうなずく。
「だから安心して取調を受けてくれ。その席にはオレも
エマも同席する。爽の場合も同じだ。安心しろ」
んじゃ行くぜ、とジョージは風香と爽の背中に手を当
てた。背中から力が湧いてくる。濡れ衣なんて着ないん
だから、と腹に力を入れた。
そのときだ。
長身の男が三人の行く手を塞いだ。
「その必要はないよ」
「なんだと?」
ジョージが訝るのも構わず、男は食堂中に響く声で断
言した。
「この二人は問題ない。俺たちがすでに調査済みだ。完
全にクリーンだ。警察にも政府にも伝えてある。事情聴
収の必要すらない」
ジョージが警戒した声を出す。
「あんた誰だ? ウチの社員でも警察でもないよな」
これは失礼した、と男はジョージに笑みを浮かべた。
「俺はRWMの修繕部員だ。『ナユタ』という。コード
ネームだけどね」
そしてナユタと名乗った男は風香へ顔を近づけた。
「君が風香だね。頼みがあるんだ」
頼み? 風香の視線が揺れる。
「君のその力でちょっと手助けしてくれないかな」
「え?」
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
☆
「風に色がついて見えるスキル」
風香の心臓が跳ね上がる。
どうして──どうしてそれを?
「それはね。──『共感覚《きょうかんかく》』ってい
うんだよ」